当主務で面倒なことが、俺には一つある。
スーツを着なくちゃいけないことだ。
なんというか、俺とスーツは相性が悪いのか、見た感じがあまり好印象としては受け取られないらしい。
……中学生の頃、『滅茶苦茶どこぞのボス感あります』と、迎えに来てくれた人に言われてから、家まで来ないようにしてもらったくらいだ。
普段着で家を出て、近くのネットカフェで持って行ったスーツに着替えるようにしている。
これならいっそ、國陽みたいに着物で行った方がいいのかと思案したこともある。
それは本家の人に止められたけど。
――とまあ、こんな風に俺の休日は家の仕事で埋まる。
友達と遊ぶ余裕なんかはないわけで。
別に、付き合い悪いとか思われてもいい。
司の仕事は、俺には大事なことだから。
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「こちらであったことは聞いています。そうしゃちほこばらないでください」
……ったく、これだから面倒くさいんだ。
小埜病院は私立の総合病院だ。中でもメンタル系に特化している。
その院長室にいるのは院長の小埜嗣(おの つぐ)と俺、そして随行者の結菜さんの三人だけ。
対面のソファに俺と嗣さんがいて、結菜さんは俺の後ろに控えている。
俺が入るなり、嗣さん土下座して来た。
まったく國陽は、どんな評判振りまいてんだか。
……いや、國陽は当主になってから、こういった仕事の場に出たことはないから、俺が振りまいてんのか? うわ。
取りあえず、今の格好はやめさせないと。高校生――中学生のガキが大病院の院長に土下座されているって相当なエヅラだぞ。
「嗣さん、座ってください。あなたを叱りに来たわけではない」
「大の大人を叱るって選択肢が頭の中にあるあたり、國陽様も若当主に負けませんよ」
後ろで結菜さんがぼそっと言った。
嗣さんには聞こえない音量だったから聞き流すことにする。
ちなみに仕事の場で司の人が『國陽様』と呼ぶのは俺のことで、『若当主』と呼ばれるのが國陽だ。
様づけとか、ほんとは嫌なんだけどな……。
「……は」
応えて、嗣さんはやっとソファに座ってくれた。
……頼むから普通に座ってほしい。ソファに正座したぞ、このおっさん。靴まで脱いで。
……ツッコむのめんどくせえ。
「一応の経緯は聞いています。影小路(かげのこうじ)に姫が現れたということも含めて」
もう無視して話だけ進めることにした。