恐らく俺だけが、霞湖ちゃんが抱えているものを知っている。

けれどクラスのみんなも同級のみんなも、立ち入ったことは訊かないし、無理に会話をしようとはしていない。

霞湖ちゃんが一人でいようとするとき、腫物扱いはしないけど、無理に距離を詰めようとはしていない。

それが霞湖ちゃんには不思議だったのか。

「霞湖ちゃんが踏み込んでいいって言うんなら、俺、みんなに言っておくけど……」

「い、いえ、それはなしでっ。出来たら今のままの扱いの方がいいです……」

霞湖ちゃんは、自分の意見がない人ではないようだ。

はっきりとものを言うこともあるし、曖昧な態度は少ない気がする。

「うん、わかった。じゃ、先に戻ってるね」

ここで俺が一緒に行こう、などと言ったら、霞湖ちゃんがクラスメイトと関わることを受け入れたと思われてみんなが集まってきそうだったから、一人で戻ることにする。

霞湖ちゃんから再び声がかかることはなかった。

ただ、階段の踊り場を歩いたとき、少しだけ見上げた霞湖ちゃんは、唇を引き結んで何かに耐えているように見えた。


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家に帰って、ボトルに作っておいた麦茶を冷蔵庫から出して飲んだところで、携帯電話が着信を告げた。

「はい」

『もしもし、優大様でしょうか。司結菜(つかさ ゆいな)です』

「ああ結菜さん。はい、仕事ですよね。國陽から聞いています」

制服のポケットから取り出したメモ帳をダイニングテーブルに置いて、胸ポケットからペンを取り出す。

昨日、國陽は来たついでに新しい仕事の話を残していった。

結菜さんは現在、当主秘書という立場で、当主の仕事があるときは名代である俺に随行してくれる。

『次の日曜日になりますが、お時間よろしいでしょか』

「大丈夫ですよ。今回は小埜病院と聞いていますが」

『ええ。なんでも、小埜の当主が預かっている者に異変ありとのことです』

「預かってる……」

って、あいつか。半分だけの吸血鬼、小埜黎(おの れい)。