楓湖さんに言われて、そういえばそうだ、と思い出す。
面会時間は午後からだから、説明や手術のための家族の訪問以外は、デイルームも入院患者さんしかいない時間帯。
騒いでいるのは迷惑にしかならない。
エレベーターまで歩くと、楓湖さんが手帳型の携帯電話ケースから何かを取り出して、霞湖ちゃんに渡した。
それから、携帯電話をポケットにしまって、俺から李湖ちゃんを受け取る。
「じゃあ、ゆっくりご飯食べてきてね」
「あ、はい」
やってきたエレベーターに乗り込むまで見送られて、楓湖さんに軽く頭を下げた。
朝の時間の入院病棟用の一般エレベーターだからか、ほかの乗客はいなく、霞湖ちゃんと二人で二階のコーヒーショップを目指すことに。
一階にレストランもあるけど、さすがにまだ開いていない。
チェーン店のコーヒーショップは、受付開始の時間とともに開店だったはずだ。
「優大くん、改めて朝からすみませんでした」
くだるエレベーターの中で霞湖ちゃんに謝られた。
「いいよ。俺も心配だったし」
「お詫びといってはなんですが、お母さんからカフェのカード預かってきたんで好きなもの頼んでください」
ぴっと、人差し指と中指に挟んだ硬質のカードを見せる霞湖ちゃん。
確かにそれは、これから向かう場所のプリペイドカードだった。
「それは申し訳ないよ。自分の分くらい払うよ」
カバンには財布も入っているから、そのくらいは。
「いえ、ここまで巻き込んでおいて優大くんにご自分の分とはいえど払わせたら、私もお母さんも男らしくありません」
「霞湖ちゃん女の子では?????」
本気でハテナマークが浮かんだ。
霞湖ちゃんは、くっと苦い顔をする。
「おなごだって男らしくいたいときがあるんです。カッコつけたいときがあるんです。と言うか今日は本当に優大くん巻き込まれ事故ですから、ここは大人しくおごられてください。じゃないとあとでお父さんから現物でお詫びが届くと思います」
「あ、はい。ご相伴に預かります」
なんだかケージさんの現物はリアルすぎる気がしたので、俺も男らしく引くときは引くと決めた。
今度一緒に出掛けることがあったら霞湖ちゃんに奢ろう。それから楓湖さんにもお土産買っていこう。
ちっとも人が乗ってこないエレベーターは、どの階にも止まらず二階まで降りた。