「それでは行って参ります、母上」
登校日の朝、自室の片隅に置かれた写真立てに手を合わせると自室を後にする。
あの日から悲しむ余裕さえ与えられずに久野家へ連れて来られた。唯一、手放しで持ってこれた母上の遺影はこの写真立て一枚だけ。
きっとあの家にある他の遺品は全てが没収されたか捨てられてしまったかのどちらかだろう。少ない荷物にせめてこの写真だけでもと、こうして持ってこれたのは本当に嬉しかった。
学生鞄を持って玄関に出る。
高校までは徒歩で通っている。
行きは大きな下り坂、帰りは上り坂となるこの場所は通学路としては決して楽とはいえなかった。門まで行こうとすれば丁度玄関からは一華さんが出てきた。
「おはようございます」
「あら、おはよう時雨」
彼女は上品に髪を耳にかけた。
お手入れの行き届いたハニー色の長髪はコテでふんわりとカールされており、お化粧が施された綺麗な顔と身につける制服は地元でも有名な私立高校のものだ。
「そう言えば時雨は公立高校だったかしら?」
今度は髪を指へと巻き付けてクルクルと弄べば、上下に目を動かして私を観察する。
「何ていうか凄く地味ね。公立だなんて私には到底理解できないわ。まあ行くことも知ることも無い訳だしどうでもいいけど」
かつかつとローファー靴を鳴らす、彼女の後ろ姿を追う。
門に着けば一台の黒塗りの車が横付けされていた。
一華さんの姿を視界に捉えた運転手は一礼すると素早くドアを開ける。私もお見送りのためにそこへ立ち止まる。
「あら?もしかして時雨は車で行かないのかしら?」
「はい。私はいつも徒歩で通ってますので」
「ふぅん、なんかごめんなさい?私だけ車で登校するだなんて。申し訳なさで心苦しいわ」
「徒歩には慣れていますから」
「あらそ、ならお先に失礼するわ」
彼女が車に乗り込んだことを確認すると運転手はドアを閉める。私に向き直ると一礼して運転席に戻れば車は発進する。遠ざかっていく車をぼーっと見つめた。別に地味なことに不安は感じてない。寧ろ自分の通う高校はここらでは一番偏差値が高い有名校だ。
でも父のことだ。
例え私が久野家の上辺だけの存在だったとしても、久野家の者として高い知識と教養を施さなければ一族の恥になるといった魂胆が見え見えだ。
でも元々は自分が志願していた高校なのだからそんなことはどうでもいい。猛勉強の末に合格を勝ち取ることができて凄く嬉しかったのを覚えている。
「母上が生きていたら喜んでくれたかしら?」
「失礼、お嬢さん」
「は、はい!」
人がいたことに気付かなかった。
横からかけられた声に驚いて体が飛び跳ねる。
見れば帽子を被った高齢の男性が一人にその後ろに控える若い男性。
「ああ、急に話しかけてしまって申し訳ない。私は八雲という者だ。今日は久野家当主殿に話したいことがあって参ったのだが、よければ案内してもらえるかね?」
「私なんかでよければご案内致します」
慌ててそう返せば八雲さんは嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、それは助かるよ。それで君はなんというのかね?」
「失礼しました。私は久野時雨と申します」
外部からの来客とはいえ父に何か用事があるお方達だ。
失礼のないように対応しなければ。
「久野時雨…、そうか君があの」
八雲さんは一瞬目を見開くとジッと私を見つめた。
その様子に首をかしげる。
「あの、何か?」
「いや何でもない。では頼むよ」
「はいこちらです」
登校日の朝、自室の片隅に置かれた写真立てに手を合わせると自室を後にする。
あの日から悲しむ余裕さえ与えられずに久野家へ連れて来られた。唯一、手放しで持ってこれた母上の遺影はこの写真立て一枚だけ。
きっとあの家にある他の遺品は全てが没収されたか捨てられてしまったかのどちらかだろう。少ない荷物にせめてこの写真だけでもと、こうして持ってこれたのは本当に嬉しかった。
学生鞄を持って玄関に出る。
高校までは徒歩で通っている。
行きは大きな下り坂、帰りは上り坂となるこの場所は通学路としては決して楽とはいえなかった。門まで行こうとすれば丁度玄関からは一華さんが出てきた。
「おはようございます」
「あら、おはよう時雨」
彼女は上品に髪を耳にかけた。
お手入れの行き届いたハニー色の長髪はコテでふんわりとカールされており、お化粧が施された綺麗な顔と身につける制服は地元でも有名な私立高校のものだ。
「そう言えば時雨は公立高校だったかしら?」
今度は髪を指へと巻き付けてクルクルと弄べば、上下に目を動かして私を観察する。
「何ていうか凄く地味ね。公立だなんて私には到底理解できないわ。まあ行くことも知ることも無い訳だしどうでもいいけど」
かつかつとローファー靴を鳴らす、彼女の後ろ姿を追う。
門に着けば一台の黒塗りの車が横付けされていた。
一華さんの姿を視界に捉えた運転手は一礼すると素早くドアを開ける。私もお見送りのためにそこへ立ち止まる。
「あら?もしかして時雨は車で行かないのかしら?」
「はい。私はいつも徒歩で通ってますので」
「ふぅん、なんかごめんなさい?私だけ車で登校するだなんて。申し訳なさで心苦しいわ」
「徒歩には慣れていますから」
「あらそ、ならお先に失礼するわ」
彼女が車に乗り込んだことを確認すると運転手はドアを閉める。私に向き直ると一礼して運転席に戻れば車は発進する。遠ざかっていく車をぼーっと見つめた。別に地味なことに不安は感じてない。寧ろ自分の通う高校はここらでは一番偏差値が高い有名校だ。
でも父のことだ。
例え私が久野家の上辺だけの存在だったとしても、久野家の者として高い知識と教養を施さなければ一族の恥になるといった魂胆が見え見えだ。
でも元々は自分が志願していた高校なのだからそんなことはどうでもいい。猛勉強の末に合格を勝ち取ることができて凄く嬉しかったのを覚えている。
「母上が生きていたら喜んでくれたかしら?」
「失礼、お嬢さん」
「は、はい!」
人がいたことに気付かなかった。
横からかけられた声に驚いて体が飛び跳ねる。
見れば帽子を被った高齢の男性が一人にその後ろに控える若い男性。
「ああ、急に話しかけてしまって申し訳ない。私は八雲という者だ。今日は久野家当主殿に話したいことがあって参ったのだが、よければ案内してもらえるかね?」
「私なんかでよければご案内致します」
慌ててそう返せば八雲さんは嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、それは助かるよ。それで君はなんというのかね?」
「失礼しました。私は久野時雨と申します」
外部からの来客とはいえ父に何か用事があるお方達だ。
失礼のないように対応しなければ。
「久野時雨…、そうか君があの」
八雲さんは一瞬目を見開くとジッと私を見つめた。
その様子に首をかしげる。
「あの、何か?」
「いや何でもない。では頼むよ」
「はいこちらです」