「ちょっと!これ違うじゃない!」
「も、申し訳ありません!」
あの出来事から早七年。
私も高校二年生となった。
昔までの生活とは一変、朝から晩まで追われるお屋敷での家事に一華さんの身の回りのお世話。
久野家に引き取られてからの私の日常は大きく変化した。それでも基本の教養ぐらいは身につけろと、父は地方の公立高校に私を入学させてくれたので日中は高校へも通っている。
「私はこの着物に似合う簪を持ってこいと頼んだ筈よ?なのにこんなダサいものを持ってくるだなんて。一体何考えてんの!!」
一華さんは怒り、手に持っていた簪をこちらに投げつけてきた。私は先程、彼女が自分の着ている着物に似合う簪が欲しいと別室から持ってくるのを頼まれたため持ってきたのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。コツンと床へ転がるこの簪も、一級の品なのに勿体ない。
今日、彼女が着ている着物は桜柄である。
ピンクを基調とした肌触りの良い生地だから桜の花をあしらえたこの簪はよく似合うと思ったんだけどな…。
「申し訳ありません。桜柄のお着物でしたので、簪には桜花が似合うと思い持ってきたのですが」
「は、ほんとアンタって使えないのね。それでも私の使用人?そんなけち臭いものが私に似合うとでも本気で思ってたの?」
「…申し訳ありません」
何とも酷い物言いだ。
今日は一段と機嫌が悪い。
気に入らないことがあれば、何かにつけて癇癪を起しては私へと当たり散らす。
そんな彼女に毎度ながら私が頭を下げるこの行為もこれで何回目になるのだろう。
「時雨さん」
頭上から一華さんとは別に声が聞こえた。
「貴方という人は。久野家に置いてやってる身で簡単な雑用の一つも満足にできないの?無能な性格はあの女によく似てるのね」
見ると私を睨む一華さんの隣にはこちらを見下ろす由紀江さんの姿。
浴びせられる言葉の暴力にグッと歯を食いしばる。
違う、母上は無能なんかじゃない。
そう言い返せたらどんなに良かったことか。
だが今の私にそこまでの力はない。
置かれた立場に反論の意志は存在しない。
そんなことした暁には私は今度こそ帰る居場所を失ってしまう。十七になった今でもその行動範囲には限りがある。そんな無力で何も変わらない自分が大っ嫌いだった。
「…申し訳ありません。直ぐに別のものを」
「アンタは使えないしもういいわ。ちょっとそこの貴方!」
「は、はい!」
貴方と呼ばれた、同じくこの部屋で私の側に控えていた使用人の一人を一華さんは指名する。
「この使えない無能の代わりに別のを持ってきて」
「かしこまりました」
命令された使用人は一礼すると直ぐに部屋を退室する。
「それで?貴方はいつまでそうしているつもり?さっさと持ち場に戻りなさいな」
虫を見るかのような目付きで私を見下ろす由紀恵さん。
「はい、失礼します」
早くこの部屋から逃げたい。
私は静かに一礼すれば同じくその部屋を後にした。
「はぁ、ほんと使えない。何年経ってもあの調子で見てるこっちがイライラしちゃう」
「ごめんなさいね一華。今日は大事な用事があるからと、朝から支度に張り切っていたのに」
「まあいいわ、いつまでも構ってられないし。今日はどうしてもお会いしたい殿方がいるんだもの!」
「まあ!殿方とは一体どこのお方なの?」
「ふふ、それはまだ秘密」
一華は時雨の出ていった扉を見つめると口元に手を当てて意地悪く微笑んだ。
「も、申し訳ありません!」
あの出来事から早七年。
私も高校二年生となった。
昔までの生活とは一変、朝から晩まで追われるお屋敷での家事に一華さんの身の回りのお世話。
久野家に引き取られてからの私の日常は大きく変化した。それでも基本の教養ぐらいは身につけろと、父は地方の公立高校に私を入学させてくれたので日中は高校へも通っている。
「私はこの着物に似合う簪を持ってこいと頼んだ筈よ?なのにこんなダサいものを持ってくるだなんて。一体何考えてんの!!」
一華さんは怒り、手に持っていた簪をこちらに投げつけてきた。私は先程、彼女が自分の着ている着物に似合う簪が欲しいと別室から持ってくるのを頼まれたため持ってきたのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。コツンと床へ転がるこの簪も、一級の品なのに勿体ない。
今日、彼女が着ている着物は桜柄である。
ピンクを基調とした肌触りの良い生地だから桜の花をあしらえたこの簪はよく似合うと思ったんだけどな…。
「申し訳ありません。桜柄のお着物でしたので、簪には桜花が似合うと思い持ってきたのですが」
「は、ほんとアンタって使えないのね。それでも私の使用人?そんなけち臭いものが私に似合うとでも本気で思ってたの?」
「…申し訳ありません」
何とも酷い物言いだ。
今日は一段と機嫌が悪い。
気に入らないことがあれば、何かにつけて癇癪を起しては私へと当たり散らす。
そんな彼女に毎度ながら私が頭を下げるこの行為もこれで何回目になるのだろう。
「時雨さん」
頭上から一華さんとは別に声が聞こえた。
「貴方という人は。久野家に置いてやってる身で簡単な雑用の一つも満足にできないの?無能な性格はあの女によく似てるのね」
見ると私を睨む一華さんの隣にはこちらを見下ろす由紀江さんの姿。
浴びせられる言葉の暴力にグッと歯を食いしばる。
違う、母上は無能なんかじゃない。
そう言い返せたらどんなに良かったことか。
だが今の私にそこまでの力はない。
置かれた立場に反論の意志は存在しない。
そんなことした暁には私は今度こそ帰る居場所を失ってしまう。十七になった今でもその行動範囲には限りがある。そんな無力で何も変わらない自分が大っ嫌いだった。
「…申し訳ありません。直ぐに別のものを」
「アンタは使えないしもういいわ。ちょっとそこの貴方!」
「は、はい!」
貴方と呼ばれた、同じくこの部屋で私の側に控えていた使用人の一人を一華さんは指名する。
「この使えない無能の代わりに別のを持ってきて」
「かしこまりました」
命令された使用人は一礼すると直ぐに部屋を退室する。
「それで?貴方はいつまでそうしているつもり?さっさと持ち場に戻りなさいな」
虫を見るかのような目付きで私を見下ろす由紀恵さん。
「はい、失礼します」
早くこの部屋から逃げたい。
私は静かに一礼すれば同じくその部屋を後にした。
「はぁ、ほんと使えない。何年経ってもあの調子で見てるこっちがイライラしちゃう」
「ごめんなさいね一華。今日は大事な用事があるからと、朝から支度に張り切っていたのに」
「まあいいわ、いつまでも構ってられないし。今日はどうしてもお会いしたい殿方がいるんだもの!」
「まあ!殿方とは一体どこのお方なの?」
「ふふ、それはまだ秘密」
一華は時雨の出ていった扉を見つめると口元に手を当てて意地悪く微笑んだ。