別に愛情が欲しいと今更望む気などない。
でもこの人も母上が愛した人だ。
もしかしたら母との間に生まれた私のことも。
だなんて…。
そんなのは単なる妄想に過ぎなかったようだ。
「私のことは由紀江さんとお呼びなさい。それで？貴方の名前は何と言ったかしら？」
「時雨(しぐれ)です」
「そう。久野家は貴方を引き取ってはあげたわ。でも勘違いしないで頂戴。あくまで貴方は引き取られただけの身にすぎない。まさか間違えても娘と同じ待遇を受けれるだなんて思ってはいないわよね？」
「…はい」
「あら、分かっているのなら良いわ。今日から貴方には使用人としてここで働いて貰うわ。学費と生活費ぐらいは面倒みてあげる」
チラリと鎮座する父に目を向ける。
父は何も言わない。
他人事のように、まるで心底どうでもいいと言いたげな目で私を見つめていた。
これが父の言っていた私の役目なのか。
この奇妙な本家と呼ばれるお屋敷で、私は使用人としての責務を命じられた。
「…十分です。ありがとうございます」
正直お礼なんか言いたくなかった。
だが母上が死んで元居た家に戻ることもできない。
他に行く宛も無く道は完全に断たれた。
下手に動くのは十歳の私には無力すぎたのだ。
「時雨、私のことは一華さんとお呼びなさい。良いわね？」
由紀恵さんの隣に座る彼女の名は一華(いちか)さんと言うらしい。まあ一応、腹違いの妹になる訳だが、彼女は早速私を姉とは認識しないように決めたみたいだ。
変化していく日常で、私は何となくだが自分がここに引き取られた理由が分かったような気がした。