「そうそう。その子が怪我して凄く弱っていたところを彼女が見つけてくれたんだ。ここまで連れてきてくれたお陰もあって助かったんだし。その子が加護を時雨ちゃんへと与えたのも頷けるよね~」
「…」
「あ、あの!私はただこの子を見ていて凄い可哀想だったし。それに私は鳳魅さんの後についてきただけで」
何も言わずにただ私を見つめるだけの白夜様。
何を考えているのか正直なところ分からないせいがもの凄く居心地は悪い。
「意外」
「え?」
白夜様の言葉に私は首をかしげる。
彼は私と白蛇さんを交互に見比べれば再び私へと視線を戻す。
「俺の顔に群がる女共も。俺におこぼれをもらおうとゴマする汚い連中も。みんな自分のことが全てで俺を道具のように扱う。人間なら尚のこと。俺にとっては良い印象がなかった」
「…」
「だからお前もそうなんだって。適当にあしらうつもりだったのに…なんなんだよお前」
どこか苦しそうな表情にも伺えるその顔。それはまるで泣きたい程に何かを訴えたそうに見えて。 
「私はただ、苦しんでいる方の支えになりたいだけです。欲とはまた違う。何かの為に頑張ろうとする人達の存在が報われないだなんて。私は自分にとって納得のいく生き方をここでしたいんです」
その言葉に白夜様は目を見開いた。
何かおかしなことを言っただろうか。
鳳魅さんの存在も。
私の存在も今後生きてて良かったって。
そう思える未来を私が証明してみせる。
「…は、そうかよ」
暫くすれば白夜様はそう言って私の腕を離した。
今も尚、私の腕には白蛇さんが巻き付いている。
白蛇さんはこちらを見上げてはチロチロと赤い舌を出して私達二人の動向を見守っているようだった。
「おや、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと使用人達がビックリするよ」
鳳魅さんの声にハッと我に返る。
「え⁈もうこんな時間!私、戻ります。また明日来ますね」
「は?明日も来んのかよ!」
不満げに声を漏らす白夜様に対し鳳魅さんは嬉しそうだ。
「勿論だよ。なんてったって、時雨ちゃんは今日から僕の弟子になったんだから♡」
「は??弟子⁈」
まさかの弟子発言に驚愕気味な顔で私を見つめる白夜様。そんな彼を他どころに鳳魅さんは、はいはいと手を叩くと立ち上がる。
「楽しいお遊びはここまで。若はしっかりと時雨ちゃんを屋敷の方まで連れて帰りなよ。まさか女の子一人ここに残して自分だけ帰るだなんて。そんな卑怯な真似しないよね?」
「しねーよ。おい、帰るぞ」
「は、はい!!じゃあ鳳魅さんまた明日」
「はーい、気を付けてねぇ♡くれぐれも道中、若に食べられないよう気を付けるんだよ〜」
食われる?
白夜様が私を食べるってこと?
意味は分からないけど多分、私は美味しくないぞ?
「は⁈するか、んなこと‼」
言葉投げやりにプイっと外へ出て行ってしまう白夜様を急いで追いかける。

「おい」
「な、なんですか?」
その帰路でのこと。
暫くはお互い無言で歩いていたが、ここにきて白夜様は口を開けば私に話しかける。
「お前って本当に久野家の令嬢?」
「え、…どうしてそう思うのですか?」
「いや、令嬢ってもっとこう我儘っつーか。間違ってもこんな場所、しかも一人でなんて絶対来ねぇし。文句は日常茶飯事で教養はあっても心がねえっつーか、、」
なんだそういうことか。つまり私に令嬢としての気高い気品が感じられないということだ。 
まあ間違ってはいない。
自分は久野家の人間でも実際育った環境は令嬢とはかけ離れた使用人の扱いだったし。プライドや名誉といったものは何一つとして私には持ち合わせていない。
容姿もこれといって特別整ってなどいない。
平凡な少し地味よりの女。
「私は久野家の人間ですよ。といっても母上が亡くなって引き取られた身ですので初めからそうだった訳ではないのですが」
「…お前、母親いねぇの?」
「はい。私が十歳の時に亡くなったと聞かされました。そこからは父と名乗る現代の久野家当主様の元に引き取られたんです」
「…そうか。なんか悪かったな、嫌なこと聞いちまって」
ああ、この人ってこんな顔もするんだ。
私の言葉に申し訳なさそうに顔を逸らした白夜様にそう感じれば微笑んだ。
「気になさらないで下さい。母親がいない境遇でのお気持ちは痛い程よく分かりますから」
「もしかしてあの男から聞いた?」
「申し訳ありません。当主様の方から少しだけ白夜様のことについてお聞きしました。私と同じく幼い頃に母親を亡くされていると」
「ああ…、ま、つっても俺の場合は生まれてすぐ母親は亡くなったって聞いているし。あんましそこんとこは詳しくねぇけど」
これが偶然かと言われれば亡くなったお互いの母親に対して失礼になってしまうかもしれない。でもどちらも自分の母親は自分達が幼かった頃に亡くなってしまっている。本当は強気でも白夜様も私と同じで恋しいと感じる時があるのだろうか。
「俺は将来、鬼頭家の上に立つ存在だ」
白夜様は突如歩みを止めるとこちらへ向き直る。
「生半可なやり方で世界を背負う三大妖家のトップが務まるだなんて到底思ってはいやしねぇ。正直に言っちまえば当主なんて役目、死んでも俺はごめんだ」
「…」
「多くの者がこの俺の存在に期待を寄せている。いい奴から向けられる信頼も。俺の力を利用しようと企む下道な連中も。俺の存在は今後ただの存在で終えることはない。だからこそ俺は自分の中でしっかりとした見切りをつける」
「見切り…ですか?」
「俺は俺に近寄る奴を常に警戒視する必要がある。俺の命を過去に狙う輩もいたりで今も油断することが出来ねぇし。だから証明しろ」
「証明?」
ここにきて、白夜様から向けられる眼差しが強くなったようにも感じる。私は思わず身震いしてしまう。
「俺は曖昧な考えしか持てねぇ奴が大嫌いだ。自分では何もできねぇ、人の陰に隠れて文句だけはたらす奴。努力もしねぇ癖に頑張る側へ向ける嫉妬。下に見下したかのような態度をとる奴」
「…」
「お前が俺の嫁だと言うのなら。それにふさわしい人間であるということをお前自身の手でこの俺に証明してみせろ。この俺に、自分は納得のいく人材であるという信用さを見せつけてみせろ。そしたら俺もその気持ちに応えてやる」