白鬼の封印師

「そうそう。この子が怪我して弱ってたところを時雨ちゃんが見つけてくれたんだ。ここまで連れてきたのだって時雨ちゃんだし。そのお陰で助かった命なんだから。加護を与えたのも頷けるだろ?」
「…」

白夜は何も言わない。
代わりに時雨をじーっと見つめれば何かを考えているようだった。

「あの!私はただこの子をほっておけなくて。怪我してて凄い可哀想だったし。それに私はただ鳳魅さんの後についてきただけで…特別何かをしたわけでは、、、」
「意外」
「え?」

白夜は口を開くと時雨と白蛇を交互に見比べた。
こんな時でさえ、綺麗な顔は相変わらずだった。

「俺が今まで会ってきたのは容姿や家柄目当ての連中だけで。みんながみんな、俺を道具のように扱う。人間なら尚のこと…俺にとっては良い印象なんてなかった」
「…」
「だからお前もそうなんだって。適当にあしらうつもりだったのに…なんなんだよお前」

どこか苦しそうな表情。
それはまるで泣きたい欲を頑張って隠してるようにも見えて、普段の彼からはとても想像ができなかった。

「私はただ…苦しんでる人の支えになりたいだけです。欲とは違う。金銭も見返りも必要なんてない。何かの為に頑張ろうと生きる人達が報われないなんて。私には納得いきません。私は、私にとっても胸を張れる生き方をしたいんです」
「!!」

その言葉に白夜は目を見開いた。
かつてこんな事を言った奴がいただろうか。
白夜の関わってきた者の中で、今自分の目の前にいる彼女が一番輝いて見えた。

「鳳魅さんの存在もそうです。邪魅である前に恩人です。だから私は力になりたいんです。それが生きる希望にもなる」

今後、生きてて良かったって。
そう思える未来を作れるよう、自分自身がそれを証明してみせる。

「は、そうかよ…」

暫くすれば白夜はバツが悪そうにそっぽを向いた。
傍ら、白蛇は時雨を見上げてはチロチロと赤い舌を出し入れしつつ、私達二人の動向を見守っているようだった。

「おや、もうこんな時間か。そろそろ戻らないとじゃないかい?」

鳳魅の声にハッと我に返る。
何も言わずに部屋を出てきてしまった。
きっと今頃、お香あたりが必死めいて時雨を探してる頃だろう。
やってしまったと、時雨は顔色を青くさせた。

「大変だ…早く戻らないと!じゃあ私戻ります。また明日来ます」
「は?オマエ明日も来んのかよ!」

不満げな白夜とは反対に鳳魅は嬉しそうだ。

「勿論。時雨ちゃんは僕の弟子になったんだし~♡」
「は??で、弟子⁈」

まさかの弟子発言に驚愕な顔をしてくる白夜。
そんな彼を他どころに、鳳魅さんは「はいはい」と手を叩けば立ち上がる。

「楽しいお遊びはここまで。若はしっかり時雨ちゃんを部屋まで送り届けること。まさか女の子一人ここに残して自分だけ帰るだなんて、ダサイ真似はしないよね?」
「しねーよ。おい、帰るぞ」

白夜はくいっと顔を外に向ければ玄関に向かう。
それを慌てて追いかければ後ろでは鳳魅がひらひらと手を振って見送っていた。

「じゃあまた明日。道中、若に食べられないよう気を付けてね~♡」

食べられる?
白夜様が私を??
妖は人間をもう食べないのでは?
意味は分からなかったけど、多分…私は美味しくない。

「は???するかよ、そんなこと‼」

言葉投げやりにプイっと早足で歩く白夜を必死になって時雨は追いかけた。
もう少し外は日が落ちていて暗かった。
虫の声が響く森の中を二人で下っていく。

「おい」
「な…なんでしょうか?」

暫くして白夜が口をかけてくる。
それには畏まった反応を返してしまった。

「お前ってさ、本当に久野家の令嬢?」
「え…どうしてそう、思うのですか?」

その問いかけにドキリと心臓が揺れた。
もしや自分の秘密に気づいて…そう思ったら冷や汗が止まらない。

「いや…令嬢ってもっとこう…我儘つーか。間違ってもこんな場所、一人でなんて絶対来ねぇし。文句は日常茶飯事で。教養はあっても心がねえっつーか、、、」
「あ~」

なんだそういうことか。
つまり時雨に令嬢としての気品が感じられないということを指摘しているのだ。 
まあ間違ってない。
時雨は久野家の人間でも実際育った環境は令嬢とかけ離れた使用人扱いだ。
プライドや名誉といったものは何一つない。
容姿もこれといって特別整っていない。
平凡な少し地味よりの女。
それは時雨が一番よく分かっていた。

「私は久野家の人間ですよ。といっても母が亡くなって引き取られた身ですので、初めから久野家にいたわけではありませんが」
「…お前、母親いねぇの?」
「はい。私が十歳の時に亡くなりました。そこからは父と名乗る現代の久野家当主様の元に引き取られたんです」

今頃、久野家の皆はどうしているだろう。
自分がいなくなって清々しているのか、はたまた何も思ってないかもしれない。
所詮、自分はそれだけの価値しかなかった場所だから。

「そうか…なんか悪かったな。嫌なこと聞いちまって」

白夜はバツが悪そうに謝った。
ああ、この人…こんな顔もできるんだ。
自分の言葉に申し訳なさそうに顔を逸らす彼をそっと微笑んだ。

「気になさらないで下さい。母親がいない境遇でのお気持ち、私にも痛い程よく分かりますから」
「あ~…もしかしてあの男から聞いた?」
「…申し訳ありません。当主様から少しだけ。私と同じく幼い頃に母親を亡くされていると」
「まあ…つっても、俺の場合は生まれてすぐだし母親の顔は覚えていねぇけど。あんましそこは詳しく教えられてない」

これが偶然かと言われれば聞こえが悪いが。
どちらも自分の母親を幼くして失っている。
ふと見えた彼の横顔。
本当は強気でも、白夜様にも無償の愛を求めることがあるのかな。

「俺は将来、鬼頭家の上に立つ存在だ」

白夜は歩みを止めれば時雨に向き直る。
それには時雨も姿勢を正した。

「生半可なやり方で適う世界じゃないことぐらい俺にも分かる。御三家トップが務まるなんて到底思ってねぇし。正直に言っちまえば当主なんて役目死んでも俺はごめんだ」
「…」
「それでも多くの者が期待を寄せている。良い奴から悪い奴まで。俺の力を利用しようとする者は多岐に渡る。だからこそ、俺は自分の中でしっかりとした見切りをつける」
「見切りですか?」
「俺は俺に近寄る奴を常に警戒視する必要がある。命を狙われることもあった。何処にいても油断が出来ねぇ。だから証明しろ」

証明?
ここにきて、白夜から向けられる視線が強まった気がした。
思わず身震いしてしまうほどに。

「俺は曖昧な考えが嫌いだ。自分では何もしない…人のせいにして文句を言う奴。努力もしねぇ癖に頑張る者に向ける嫉妬。下に見下した態度で強者であり続ける傲慢さ。どれもが俺にとっては不純でしかない」
「…」
「お前が俺の花嫁を語るなら、まずはそれにふさわしい奴であることを証明してみせろ。お前自身の手で。自分が信頼に値する奴だと。この俺に見せつけてみせろ。そしたら俺もその気持ちに応えてやる」