「何?」
まさか時雨関連だとは思ってもいなかったのか分かりやすく動揺する藤吉に浩司は更に続ける。
「なんだ、うちが引き取ることに何か問題でもあるのか?久野家には下にもう一人異能持ちがいるだろう。加えてあの鬼頭家から縁談の申し出があったとか」
「…確かに鬼頭家からは一華を貰い受けたいと。暫く前から連絡は来ていた」
「ならば久野家も安泰ではないか。自分の娘一人差し出すだけで、奴らの存在が術家に繫栄を齎すというのならそれに超したことはない。その娘も数年ぶりに高い封力を受け継いだ実力者なのだろう?」
「だがそんな一華とは違ってアイツは無能なただの落ちこぼれ。八雲家になんのメリットがある」
お互いに譲らない口論が続く中、浩司にはある考えがあった。
前々から進められてはいた。
膨大な量の年月をかけて生み出した何とも恐ろしく未曾有な計画。不可能を可能にされる異次元のプログラム。
この機会を何とも逃す訳にはいかない。
必ず時雨を手に入れなければならない理由が今の八雲家にはあったのだ。
「本当に落ちこぼれだと思っているのか?」
「アイツは久野家の術を引き継いでいない」
「だがあの子はあの、藤宮(ふじみや)家の子だぞ」
藤宮家。
それは時雨の母方の家系だ。
久野家の正妻になったと聞き、八雲家も手を出せずにはいたが事情が変わった。
産まれた時雨に久野家の異能はなく、その後は母子共に追い出されたが母親が死に時雨は再びこの久野家へと引き戻された。
「だがその才すら母親からもあの家系からもアイツは引き継がなかった。使い物にはならない」
「なら尚の事こちらが引き取っても問題はないな?どうせここにいても使用人同然に使いふるされるだけの身なのだから」
「…好きにしろ。だが条件がある。お前達がアイツを引き取るのは、一華が鬼頭家へと渡り久野家に膨大な妖力の玉が吹き込まれたのを確認出来た後だ。万が一に備えて手持ちに使える駒は残しておきたい」
「構わん。鬼頭家へ連絡しろ。確認の取れ次第、その娘を速攻鬼頭家へと送れ」


「私との約束を差し置いて。そんなにも自分の娘が可愛いか!」

【裏切り者】

【殺せ】

【八つ裂きにしろ】

【殺せ】

汚い罵声を浴びせヒートアップする空間で浩司はこれを片手を挙げて制す。するとあんなにも煩かった声がピタリと止み、その場は静まり返る。
「静まれ。当初の予定では妹の方が鬼頭家へと嫁入りし、時雨はこちら側が引き取る手筈だった。だが何を思ったか、アイツは妹ではなくあの子を変わりに隠世へと引き渡しよった」
その言葉に呪符側の怒りはおさまらない。
「みすみす逃すわけにはいかん。あの子の母親は最後の最後で失敗してしまった。だがそれでも耐久性はあったのだ。彼女の存在はもしも成功すれば今後の術家を大いなる繫栄へと導く」

【だが今まで、多くの術師が脱落してきた。無能な小娘には無理だ】

【過去、辿り着いた者はおらん】

【その小娘に務まるのか】

【だがあの藤宮家の人間】

「やる価値はある。例え無能だとしても今いるあの子の嫁ぎ先には強力なカードがいる。そいつが気づいていない訳がない」
千年に一度と称される。
正に神の領域から送り出されたとされる国への産物。
「鬼頭白夜…アイツの力を上手く利用できれば」
手に持つ一枚の写真。
そこに写るのは、まだ若くこの世に生を受けて何十年と経っていない。白い髪に紫色を宿した一人の美しい男。
好奇心旺盛な性格からは本当に鬼神の生まれ変わりなのかを疑ってしまう。
「監視を継続させろ。何か分かり次第、速攻本家へ通達しろ。久野時雨を、藤宮時雨を手にするのは我ら八雲家だ」