同情しているのではない。
自分の存在が相手から見ても自分から見ても。
最悪な存在だと過小評価してしまう瞬間は誰しも少なからず経験することだ。
上には上がいる。
優性と劣性の関係など認めたくはないが今も事実としてそれが問題視されてる訳だ。
人には話さなくても心に秘めている問題の一つや二つぐらい、言わないだけで誰もが抱えている。
どんなに頑張ろうが、自分の上には上がいるんだからゴールなんてものは存在しない。
その人を超えたいが越せない自分がいる。
そんな時、次に自分が相手へ向けるのは嫉妬や妬みだ。
憧れだなんて綺麗な言葉は二の次。
自分にできないことを他者が成し遂げれば、当然のように汚い感情が心の奥底に宿りかねない。
悔しいとか。
なんでアイツがとか。
そんな感情に身を任せ、その人のことを考えれば考えるほど余計に相手のことが鼻につくし自分の存在を無自覚に下へ下げがちだ。
確かに自分には無い才能を相手は持っている。
でもそれは同じように、自分には相手には無い才能を持っているということ。
そう感じるのなら敢えてそれを利用すればいい。
その感情を認めた上で今の自分には何が必要か。
足りないものはなにか。
何をすることが求められるかを正しく追求できるかが大切だと思う。認めたとしても相手を威嚇するだけなら弱いままの自分で終わる。
悔しいと思うならお手本にすればいい。
ただ感情の赴くまま、自分を操作させるのだけは可哀そうである。何も努力をしないまま、誤って自分を高評価したとしても鼻白まれるだけ。
そんな可哀そうな存在で終わって欲しくはない。
何かを目標に出来ているのなら。
変えたいと。
成長したいと思える心はあるのだから。
そう考えれば、鳳魅さんは自身の存在から今の自分に出来ることをしようとしている。それは過去の自分が経験した境遇を素直に受け止めた彼なりの考え。
どんな結果になろうが、やらないよりやれるだけのことをしてみる。良い悪いの固定概念に捉われない。
後悔しない人生だって。
そう胸を張って言える自分を生み出したいのだ。
「雇うってつまり、ここで働きたいってこと?」
糸目の目を見開き驚く様子の鳳魅さんに私は黙って頷いた。
「確かに今の私の身体(・・)にとって鳳魅さんの存在は非常に危険です。でも自らの存在を納得いく形で未来に貢献しようと生きる姿は本当に素晴らしいことだと思います。私もここに来て心から良かったと思える生き方がしたいのです。…鳳魅さん」
「?」
「私には…異能がないのです」
「!!」
言ってしまった。
誰にも言わないと固く誓っていたというのに。
知られたら最悪、自分の命はないものだと。
覚悟して何とか生き延びる術を模索していたというのに。でもこの人になら。
話しても大丈夫だろうと謎にそう感じとったのだ。
もう後戻りは出来ない。
「…凄いね」
「え?」
「やっぱり君凄いよ。不思議な子だとは思っていたけど、僕の存在に恐れることも憎むこともせずに肯定してくれた。ましてや異能が無いというのに隠世へその身一つで渡ったんだろう?相当な覚悟がなければ出来ないことだ」
鳳魅さんは私の異能に対し否定することはしなかった。
寧ろ褒めてくれた。
やっぱりこの人は死ぬには惜しい人だ。
「私のモットーは納得のいく生き方をするですから。心から好きになった人と結婚して、母上へ一番に報告するのが小さい時に母上とした約束でした」
「君の母上は…」
「…死んだんです。私が十歳の時、突然父と名乗る人に久野家へと引き取られました。死んだ母上の姿も見れてなくて。詳しい詳細は今も分かりませんが」
あの日、何故母上は亡くなってしまったのか。
夕方になっても戻らない母上に不安を抱いていた私の目の前へと現れた父の存在。
由紀江さんに双子の妹、一華さんの存在。
父から母上のことを話されたことはあの日から一度もない。だから今も母上の実態は何も分からぬまま。
「…すまない」
「いえ、ただ時々思うのです。ひょっとしたら母上はまだ何処かで生きているのではないのかと。あんな突然の別れ、私にはまだ私自身どうしても納得出来ないと思うこともあって」
「それは当然のことさ。君は間違ってなどないよ。君の母上は素晴らしい人だったようだね」
「はい、私の自慢出来る存在でした」
私はそう言って微笑むとゆっくり目を閉じた。
遠い過去の思い出が流れていく。
もし今からやろうとしている自分の行動が無謀だとしても。母上はきっと応援してくれているだろうから。
久野家での偽りの自分はもうやめにしよう。
私は私の出来る事をここ(隠世)で頑張る。
「鳳魅さん、私をここで貴方を救うための薬を作らせて下さい」