「ありがとうございます、だいぶ落ち着きました」
「そう。それは良かったよ」
「…あの、どうしてそんなに優しくして下さるのですか?」
「ん?僕のことかい?」
「ここに来てから親切にして下さる方も多いですし。私のような人間の存在は妖にとっては受け入れ難い存在ですのに」
当主様といいお香さんといい。
ここに来てからは何かと親切に接してくれる人が比較的多い。お翠さんとは関係があまり良くないし白夜様には未だ嫌われたままだが。でもそれを除けば、ここにいる人達は私に対して比較的温厚な対応をとってくれる。
「…罪滅ぼしさ」
「え?」
「少し、僕の昔話に付き合ってくれるかい?」
鳳魅さんは再びシーシャを口に咥えるとフーッと一息、煙を吐き出した。
「僕は邪魅の妖だと言っただろう?僕の遠いご先祖様、つまり僕ら邪魅の一族は初め自然から発生した妖なんだ」
何処か遠い過去を思い出すかのようにただ一点を見つめるだけとなった彼の様子に私は黙って耳を傾けた。
「邪魅は『今昔画図続百鬼』にも掲載される中国の妖なんだ。魑魅魍魎(ちみもうりょう)、邪魅は魑魅の類であり魑魅は山林の瘴気から生じ人間を苦しめる妖怪。魍魎は川や木、石といった自然物の精霊から生じて人間を化かす妖怪。日本ではスダマと和名される鬼の一種ともされている。山神とも呼ばれているけど」
「山神…」
「僕ら邪魅の存在は言わば人間に害を齎す災いだ。僕らが自然界において発する大量の邪気は空気中に多く含まれると人里へと散布していく」
邪魅の一族である鳳魅さんの祖先は隠世の世界で邪気を放つ災いの元。妖達が邪気を妖力の消費によって生み出してしまうのに対して、鳳魅さん達一族は妖力関係無しに邪気から生まれた妖ということか。
「祖先は大量の邪気を発生させた。隠世から現世へ邪気が漏れ出た原因はここにあるんだ。でも僕達にとっては邪気が無いと生きることが出来ない。正に負の産物だよ」
「では鳳魅さんは何故」
「縛りによって交わされた契約のせいで僕ら一族はその数を急激に減少させた。僕はその生き残り。邪気が無くなった今の自然界では僕はもう生きられない。だから邪気を大量生産させる三大妖家の一つ、この鬼頭家に居候させて貰っているのさ」
正直、私にはよく分からない。
鳳魅さんの存在は今の私にとっては憎むべき象徴ともいえる邪気の元凶。この人が生きている限り、邪気は今後も衰えることなく生産されていくのだろう。
でも何故だろう。
憎むべき存在だというのに。
不思議と鳳魅さんを憎むことは出来なかった。
「僕はね、僕の存在も祖先の存在もその全てを背負ってせめてもの償いをしたいのさ。僕の存在は決してこの先も理解されることはないだろうからね。だから君達の手伝いがしたかった」
「手伝い?」
「僕はここで薬に特化した薬師の仕事を生業にしているんだ。対処療法より原因療法。つまり今後は邪気の浄化を人間の術師に頼らずとも薬で行おうよって。そういう訳」