「ま、雨が止むまではさ、ゆっくりしていくといいよ」
「ではお言葉に甘えて」
このままではお昼過ぎまで降り続きそうだ。
お香さん心配しているかな。
勝手に何も言わず出て来ちゃったから屋敷の使用人総出で捜索だなんて。そこまで事態を大ごとにさせていたら非常に申し訳ない。
でもお香さんは心配性だから。
これが当主様にバレたりしなければいいのだが。
白夜様は…うん有り得ない。
今朝があっての今だ。
朝食を食べず退室されてしまった。もしかしたら、あの後もご飯を食べずにどこかへ行かれたのではないか?
なら非常に申し訳ないことをしてしまった。
まあよく知りもしない人間に仲良くしろと突然言われて出来ることの方が少ない。白夜様の気持ちも分からなくはない。しかも嫁いできた自分の嫁がまさか異能を持たない無能だっだなんて。
私、この先生きていけるのかな…。
「んー?時雨ちゃん、なんだかぱっとしない顔だね」
「いえ…何でもありません」
「そう?こんな僕さえよければ相談にのるよ。出会えた友好の証に特別僕からの大サービス♡」
「…では、一ついいですか?これはあくまで仮のお話なのですが。もし三大妖家に嫁いだ花嫁の中に異能が備わっていない方がいた場合、その方はどうなるのでしょうか?」
これは一か八かの賭けだ。
答え方によっては私にもまだチャンスが残っているかもしれない。まだ死ぬ訳にはいかない。
「死ぬよ」
「え、」
私はその言葉に固まった。
鳳魅さんはソファーが置かれた場所へ移動すれば気怠げにこしかけた。側に置かれたシーシャを手前へ引き寄せフーッと一息、煙を吐き出した。
すると紫色の不思議な煙が辺りに立ち込める。
「いや、例え方がちょいと悪かったかな。言い換えれば殺される」
「まあそう対して変わらないけどね」と、こちらに笑いかける鳳魅さん。私は乾いた服が再び汗を吸い込んでいくのを肌で実感した。
「でもそれはあくまで昔の話だ」
「で、では今は」
「嫁いできた身とはいえ、昔は妖の方が力も地位もあった。花嫁の存在が世界を救ったのは本当。ただそれもずっとは続かなかった。分かるだろう?人間は儚く脆い。百年と寿命が持たずに尽きるのと一緒で、歳を取るにつれて花嫁の術の力は弱っていったのさ」
「何故…」
「まあ本来ならば、歳を取るにつれて経験値も上がるだろうから術の精度も向上していくのが普通だよねぇ。でもね、この世界に存在する邪気の毒は人間の体には強すぎたのさ。浄化、即ち体内への吸収がされていくのか若い身空で花嫁達は段々と弱っていってね」
花嫁の存在は居るだけで浄化させる御守りのようなものだと思っていた。
だがこれで確信した。
浄化はできる。
が、それはつまり自らの身体を犠牲に花嫁達の身体は体内へと邪気を自動的に吸収させていたのだ。
一華さんの様子を思い出す。
月に一度、あの部屋で行われる儀式か訓練かで彼女はゲッソリと身体が弱りきっていた。つまりあれは邪気を体内に取り込んだことによって起こる身体への代償。
一日であれだけの体力を消費しているのだ。
あの部屋に存在するとされる邪気は凄まじく強力で高い毒性を持ったものであるとみていいだろう。
封印師はその名の通り、邪気を封印する。
他の術家に比べ、体への負荷とそれに伴う代償は大きすぎる。だが訓練は月一とあったためか、彼女も暫くもすれば元の健康さを取り戻してはいた。でもそれは現世が邪気への影響をあまり受けないからだ。
でもここは?
三大妖家の一つ、妖家に最も近い鬼頭家。
その毒はきっとどこよりも悪性度が高く強力だ。
身体をむしばむ邪気への進行も急速だとしたら。
私は内部から生命を削られ最後には、、、。
「だからね、ただでさえ寿命が短いくせに直ぐに死んでしまう。花嫁を迎えて数十年は何とかなってもまた新しい補充がいる。異能のお陰で彼女達もある程度の命の消耗は防げていたと思うけど。でもそれも時間の問題。それがただの人間なら尚のこと無理だろう」
逃げなくてもいずれにしろ私は死ぬ。
妖にではなく、鬼頭家が放つ強力な邪気によって私は殺される。濃染された邪気は強い妖力を持つ妖であればあるほど放出されるものも強い。
鬼頭家当主を筆頭とした妖のご当主様。加えて純血の血を宿す鬼神の生まれ変わりと噂される彼なら。
「っと、すまないね。怖い話をしてしまったようだ。どうか許してくれないだろうか」