「私には異能がないのですよ」
ポツリとこぼした言葉は誰にも届かない。
知られてはいけない私だけの秘密ごと。
雨は勢いを少し強めると草木をしっとりと湿らしていく。ぼさっと立っていても仕方がない。それでもやれるだけやってみようと気を取り直せば再び歩き始めた。
この世界は不思議に包まれている。
向こうの世界では雪が降っていて季節は冬だったのに対し、こちらの季節は夏のようだ。
雨が降っているというのなら梅雨入りでもしている頃だろうか。いくつかの通路を超えて進んでいくと大きな池に出た。
「わあ!」
石壁に囲まれた池には蓮の花が咲き乱れ、ほんのりとピンクに色づいた花は静かな緑との空間によく調和していた。振り続ける雨が落とす雫が水面上にぶつかると美しい波紋を形成する。でも直ぐに波紋はその役目を終えるかのようにして水面上から形を消していく。
数秒にも満たない刹那の一部始終を暫くの間、私は静かに見つめていた。と、道端の片隅にうずくまる白いものの姿が目に入った。キラキラと光るそのものの正体は、この場所では何色にも染まらないせいか意識してしまってからはハッキリと確認することができる。
「…ゴミ?いや、」
近づくに連れて見えてくるそれはどうやら生き物のようだった。
「蛇?」
それは小さな白蛇だった。
初めて見る白蛇の存在に少々の戸惑いを感じつつ観察をすれば鱗に怪我を負っているのが確認できた。
「怪我してる。触っても大丈夫かな」
恐る恐る手を伸ばして触れて見れば抵抗はしない。
そのまま優しく持ち上げてみると思いのほか蛇は大人しくて安心した。青色の目を弱々しく開けてこちらを見つめる姿にどうしたものかと考え込んだ。
手当てしてあげたいが人間とは訳が違う。
同じようなやり方で処置してしまっていいのだろうか。
取り敢えずはこのまま部屋まで連れて帰ってお香さんにでも相談してみようか。そう考えると来た道を引き返そうとした。
「おや?珍しいお客様だ」
突然目線の先からは男性の声が聞こえビックリして顔をあげた。
「ん?君は…人間?まさかこんなとこで人間に会える日が来るとは。いや~長生きはしてみるものだなぁ」
傘をさしているせいか顔は分からない。
だが着ている服はどこかカンフー服のようで横にラインが入った紺色のトップスに下は白い長ズボン。服の上からは白衣のようなものを羽織っている。
「貴方、誰?」
「おや?これはまた珍しいものを手に持っているね」
男性は私が持つ蛇に気がつくとジッと手の中を見つめた。
「あ、これは今さっきここで見つけて。どうやら怪我をしていてかなり弱っているようなので一旦部屋に連れて行こうかと」
「じゃあ僕のとこに連れてくるといいよ!」
「え、でもご迷惑では」
「ないない。寧ろこんな場所、普段は使用人さえ滅多に来ないし。久しぶりにお客様が来てくれて僕も嬉しいよ」
傘をあげてそう述べる男性はどことなく中国感漂う雰囲気の人だった。細い糸目が特徴的で目の端に引かれた赤いアイライナー。アジアンビューティーな顔立ちの彼は傘を私に差し出した。
「ほらこれ使って。雨も降っているのに傘もささずにいたせいかビショビショじゃないか」
あ、本当だ。
無意識にここまで来てしまったが見れば着ていた着物には雨が染み込んで幾分か着物が重くなっていた。
なんで今まで気がつかなかったのだろう。
「すみません」
恥ずかしさもあったが渋々と傘を受け取った。
男性はニンマリ笑うと背中に背負っていた籠を背負いなおす。
「そんじゃ行こうか!僕はこの先にある小屋に住んでるんだ」
「雨で濡れてるから滑らないよう気を付けてね」と注意されつつ私は男性の後に続いた。