朝の騒動から謎に疲れが出てしまった私は気分がてらお屋敷の中を散策していた。
本当は嫁いで三日と経たない身で勝手に出歩いてしまうのも良くないとは思うが。長年久野家で働いていたせいとあってか、どうにも一つの場所にジッとして一日を過ごしていることが出来ない。それこそなんだか申し訳ない気がして私の気が休まらなかった。
お香さんだって普段はこのお屋敷で働いている使用人の方だ。当主様からは私のお世話係に正式に任命されたとは言っていたけど。いつだって私に付きっきりで身の回りの世話をしてくれる訳ではない。
それに大抵のことは私も一人でできる。
あまり迷惑にならないよう配慮しつつ、自分にも何か手伝えることがないか散策も兼ねて聞いてみることにした。
「ちょっと、そこの小娘!」
「!」
暫く歩いていた時、突如後ろから声をかけられた。
振り向けばそこにいたのはお翠さんだ。
昨日、お香さんを通して少し挨拶をした仲ではあるがあまりお互い良い印象はない。彼女はどこかイライラした様子で私に近付いてくる。
「人間の、しかも小娘の分際で。ここでは一体何をしているというのかしら?」
「あ、すみません。まだ来たばかりの身ではありますが私にも何かお手伝いできることがないかと思いまして」
「…は?貴方が⁈…ぷっ」
私の問いに目をパチクリさせていたお翠さんだったが刹那、口に手を当てると笑いをこらえた。
何か可笑しなことを聞いただろうか。私はその様子に疑問を感じると首を傾げた。
「は、人間の分際で何をぬかすの。ここに貴方が出来ることは何も無いわ。身の程をわきまえなさい」
「いえ、あの本当に何でも良いのです!何か少しでも皆様のお役に立てることがあれば「お断り」ッ、」
「大体、妖の世界で生きていられると思っていること自体が無能なのよ。いい?ここは三大妖家の一つ、鬼頭家のお屋敷よ。ましてや白夜様ほどのお方がアンタのような芋くさい小娘に振り向くだなんて本気で思ってるの?」
「えっと…」
「…花嫁じゃなかったら、とっくに私が喰ってあげてたところなのに。封印師だかなんだかしんないけど余計な真似しないで頂戴。なんなら今すぐ出て行ってくれて構わないのよ?」
浴びせられるキツイ言葉に何も言い返せない。
「も、申し訳ありません」
あの時と何も変わらない。
ただひたすら呪文のように唱えてきた言葉。
唱えてはペコペコと頭を下げる。
それは今も昔も変わることがない。
そんな自分が惨めで悔しくて仕方がなかった。お翠さんは釣り目の目を更にきつく釣り上げた。
「ふん、分かったのならさっさと消えて頂戴。目障りなの」
言うだけ言ってスッキリしたのか、彼女はぷいっと顔を背けると廊下の向こう側へと消えてしまった。後に残された私は降り始めた雨をただ一人見つめることしか出来なかった。