「時雨様は凄いです。現世で何があったのかは存じませんが、苦労されてきたことだけは言わなくとも分かります」
よく頑張りましたね。
その一言で涙は一気に溢れ出た。
そうだ、私はただ誰かに知って欲しかったのだ。
自分のことを誰かに認めて貰いたかった。
上辺だけの存在ではない。
少しでも私の内情に意識を向けてもらいたかった。
母上が死んでからというもの、ずっと孤独で一人ぼっちだったから。
「お香さん、私、私…」
言ってしまえたらどんなにいいだろう。
異能なんて持たない。
本当は術家の落ちこぼれだって。
声が出ない私にお香さんはニッコリと微笑んだままポンポンと優しく背中を叩く。
「時雨様、大丈夫です。空船でも仰ったでしょう?貴方様なら大丈夫。私にはそう思えるのですよ」
「…何故そう思うのですか?」
「これはあくまでも自論ですが。私には時雨様は何か別の、特別なもののように感じられるのです。だってあの当主様が認めたほどですから」
確かにここに来た時の当主様は優しかった。
外部からやって来た、よく知りもしない人間の娘だなんて。妖側からしたら不気味な対象でしかないというのに。でも何故それが私を認めたことに繋がるのだろうか。理解は出来なかったが気持ちはだいぶ落ち着きを取り戻してきた。
「ありがとうございます、お香さん」
お香さんは笑顔で私を見つめれば今度はその手を握った。
「私、時雨様と出会えて良かったです。これから先、何があろうと私は貴方の味方です」
その言葉にこの日、私はここに来て初めて良い人達に恵まれたのかも知れないと思えたのだ。
信じてもいいのだろうか。
この時の私には彼女の存在が他の誰よりも大切に思えたのだった。
昨日までの余韻に随分と浸っていた。
お香さんからのお力添えで幾分か不安な要素が取り除かれ平常心が戻ってきた。
しかし今の状況をどう説明しよう。
私はその後、床に入って寝て起きたらお香さんに連れられ朝食を食べにここへやって来たのだ。
「当主様より、毎朝朝食はこちらで摂られるようにとのことです」
「…あ、あの!なんか食器の数が一つ多いように感じるのですが。気のせいでしょうか?」
「うーん…確かに言われてみれば。すみません、私はただこちらに時雨様をお連れするようにとしか言われてなくて」
「取り敢えず朝食をお待ち致しますね」とお香さんが出て行ってしまったので、私は座布団に座ると大人しくそれを待つことにした。
——ガラ
「え?」
「げ、」
「び、白夜様!あ、おはようございます」
刹那、やや乱暴に障子扉が開かれたかと思うと入ってきたのは昨日の話のネタにもガッツリあがった白夜様本人だった。突然の本人登場に驚きを隠せないが何とか挨拶だけは絞り出した。
白夜様もまさか私がここにいるとは思ってもみなかったのだろう。綺麗な紫の目を見開くと次の瞬間には盛大に顔を歪ませた。
「は?何でテメェがここにいるんだよ」
「え、えっと、当主様が今日からこちらで毎朝食事を摂るようにと」
「チッ、あの男」
白夜様は舌打ちをすると私の向かい側席にどかりと腰を下ろした。一つ余分だと思っていた食器は白夜様のものだったのだ。
「…」
「…」
気まずすぎる…。
お互い一言も発しないまま、時間だけが過ぎていくこの空間。さほど時間など経っていやしないのに。
一分一分が非常に長く感じられる地獄の時間。
頼むから早く、お香さんに戻って来て欲しいとそれだけの思いが私の中には募っていく。
「お待たせ致しましたって、若様!?」
戻ってきたお香さんは彼の存在に目をパチクリさせた。
そんなお香さんをジロリとした目で白夜様は見れば溜息をついて立ち上がる。
「戻る」
「え?ちょ、お待ちください若様!朝食がまだ終わってはいませんよ!?せっかく時雨様もいらっしゃるのですから是非ご一緒に」
「は?うぜぇ。誰がこんな奴と一緒に朝餉なんか食うかよ。言っとくけど俺は認めねぇよ?」
白夜様は何も言えない私をそう言い睨みつければ開いた扉から外に出て行ってしまった。
よく頑張りましたね。
その一言で涙は一気に溢れ出た。
そうだ、私はただ誰かに知って欲しかったのだ。
自分のことを誰かに認めて貰いたかった。
上辺だけの存在ではない。
少しでも私の内情に意識を向けてもらいたかった。
母上が死んでからというもの、ずっと孤独で一人ぼっちだったから。
「お香さん、私、私…」
言ってしまえたらどんなにいいだろう。
異能なんて持たない。
本当は術家の落ちこぼれだって。
声が出ない私にお香さんはニッコリと微笑んだままポンポンと優しく背中を叩く。
「時雨様、大丈夫です。空船でも仰ったでしょう?貴方様なら大丈夫。私にはそう思えるのですよ」
「…何故そう思うのですか?」
「これはあくまでも自論ですが。私には時雨様は何か別の、特別なもののように感じられるのです。だってあの当主様が認めたほどですから」
確かにここに来た時の当主様は優しかった。
外部からやって来た、よく知りもしない人間の娘だなんて。妖側からしたら不気味な対象でしかないというのに。でも何故それが私を認めたことに繋がるのだろうか。理解は出来なかったが気持ちはだいぶ落ち着きを取り戻してきた。
「ありがとうございます、お香さん」
お香さんは笑顔で私を見つめれば今度はその手を握った。
「私、時雨様と出会えて良かったです。これから先、何があろうと私は貴方の味方です」
その言葉にこの日、私はここに来て初めて良い人達に恵まれたのかも知れないと思えたのだ。
信じてもいいのだろうか。
この時の私には彼女の存在が他の誰よりも大切に思えたのだった。
昨日までの余韻に随分と浸っていた。
お香さんからのお力添えで幾分か不安な要素が取り除かれ平常心が戻ってきた。
しかし今の状況をどう説明しよう。
私はその後、床に入って寝て起きたらお香さんに連れられ朝食を食べにここへやって来たのだ。
「当主様より、毎朝朝食はこちらで摂られるようにとのことです」
「…あ、あの!なんか食器の数が一つ多いように感じるのですが。気のせいでしょうか?」
「うーん…確かに言われてみれば。すみません、私はただこちらに時雨様をお連れするようにとしか言われてなくて」
「取り敢えず朝食をお待ち致しますね」とお香さんが出て行ってしまったので、私は座布団に座ると大人しくそれを待つことにした。
——ガラ
「え?」
「げ、」
「び、白夜様!あ、おはようございます」
刹那、やや乱暴に障子扉が開かれたかと思うと入ってきたのは昨日の話のネタにもガッツリあがった白夜様本人だった。突然の本人登場に驚きを隠せないが何とか挨拶だけは絞り出した。
白夜様もまさか私がここにいるとは思ってもみなかったのだろう。綺麗な紫の目を見開くと次の瞬間には盛大に顔を歪ませた。
「は?何でテメェがここにいるんだよ」
「え、えっと、当主様が今日からこちらで毎朝食事を摂るようにと」
「チッ、あの男」
白夜様は舌打ちをすると私の向かい側席にどかりと腰を下ろした。一つ余分だと思っていた食器は白夜様のものだったのだ。
「…」
「…」
気まずすぎる…。
お互い一言も発しないまま、時間だけが過ぎていくこの空間。さほど時間など経っていやしないのに。
一分一分が非常に長く感じられる地獄の時間。
頼むから早く、お香さんに戻って来て欲しいとそれだけの思いが私の中には募っていく。
「お待たせ致しましたって、若様!?」
戻ってきたお香さんは彼の存在に目をパチクリさせた。
そんなお香さんをジロリとした目で白夜様は見れば溜息をついて立ち上がる。
「戻る」
「え?ちょ、お待ちください若様!朝食がまだ終わってはいませんよ!?せっかく時雨様もいらっしゃるのですから是非ご一緒に」
「は?うぜぇ。誰がこんな奴と一緒に朝餉なんか食うかよ。言っとくけど俺は認めねぇよ?」
白夜様は何も言えない私をそう言い睨みつければ開いた扉から外に出て行ってしまった。