「先にご夕食の方をお持ちしますね」とお香さんは一度席を外したが暫くすると直ぐに夕食をお盆に乗せて戻ってきた。
「疲れているでしょうし、少し時間も遅いですから体にはあまり刺激を与えないよう軽いものをご用意致しました」
そう言い差し出されたのは梅のおにぎりと温かい緑茶だった。
「とても美味しいです!」
酸味の効いたカリカリの食感と酸っぱさが疲れた体によく染みる。温かい緑茶のおかげで緊張していた身体がほっこりと温まった。
「良かったです!実は台所でこそっと握って持ってきたものなので自信がなかったのですが。それを聞いて一安心です」
「お香さんが⁈わざわざありがとうございます」
お香さんは有能だな。
来てから思ってはいたが妖の人達は皆、綺麗な顔立ちをした方が多い。白夜様は異次元の美男子であったが。
当主様といいお香さんといい、つい芸能人かを疑ってしまう。
「あ、そうそう若様のことでしたよね。まず時雨様は両世界の歴史をご存知ですか?」
「えっと、三大術家と三大妖家におけることの経由なら少し」
「それが分かっているのでしたら話が早いです。まずここ、隠世は鬼神が始まりだと言われています」
「鬼神?」
「はい。その昔、鬼神は隠世の世界を形成し多くの妖が生まれました。当時、鬼神には百の目を身体に持ち、未来を見通す不思議な能力があったと言われていました。妖達からは百目鬼神様と呼ばれ今でも崇められています。因みにこの隠世を治める妖王様はその百目鬼神様の血を色濃く受け継いだ直系の子孫なのですよ」
「では妖王様も百目鬼の妖で?」
「はい。といっても鬼神様とは訳が違います。未来を見通す能力は百目鬼神様が亡くなられてからというもの、今の今まで誰も王家の方が継承出来たことはありません。やはり神と妖とでは次元が違うのでしょう」
成程、隠世の始まりは一人の神が生み出した世界。
妖は私達、人間が生きる年数を遥かに超える程に寿命が長く長生きだ。もしかしたら隠世は現世の世界が誕生するよりもずっと前から存在していたのではないか。
「あの、王家の方は鬼の妖なのですよね?では鬼頭家の方も鬼の妖なので何か繋がりがあるのですか?」
「勿論御座いますよ。元々、鬼頭家は王家の家系がいくつかの段階を経て派生してできた一族なのです。言わば王家とは遠い親戚のような関係。王家はそのこともあってか、その後も子孫を残し続け妖力にも余力のあった鬼頭家に三大妖家の一つとしての役目を任命されたのです」
「そうだったのですね」
初めて聞く鬼頭家の内情に驚かされてばかりだ。
でも無理もない。
契約による縛りに則れば両世界での干渉は固く禁じられている。何故かを問われても安易に答えることは境界を挟んでは行うことが出来ないのだろう。