久野家を含む術家には分家が存在しているらしい。
久野家に引き取られてから、特別外との交流がなかった訳ではない。
お屋敷での仕事を除けば、制限はかかりつつ平日は学校に行かせてもらえていた。
自身の身分と久野家の存在を隠しつつ、クラスメイトとはそれなりに上手くやれていたと思う。
急な話で急遽、一華さんに代わって嫁ぐ羽目になってしまったため、さよならも言えずお別れとなってしまったが。
「(また、「さよなら」って伝えることができなかったな…)」
「怖いですか?」
「え?」
私の様子を見かねた運転手はそう声をかけた。
「無理もありませんよね。突然お母様を亡くされて久野家にお越しになられて。幼い身でありながら文句の一つ言わずに久野家の為に尽くして下さったこと。使用人一同、本当に感謝しております」
運転手は私へ向き直ると深く頭を下げた。
その様子に思わずギョっとしてしまう。
「頭を上げて下さい!お礼をされるようなことは何も。私は久野家に引き取られてからも、相伝を受け継ぐどころか何も出来ない身であったことに変わりありません」
「時雨様…」
「寧ろ私がここまで頑張ってこられたのは皆様のお力添えがあったからです」
「時雨様…。私共を恨んではいないのですか?」
母が死んでから本当に色々なことがあった。
父と名乗る人に連れてこられた久野家で私は私の自由を奪われた。
きつくあたる父や由紀江さんの存在。
仮だとしても運命のように一緒に生まれてきた封印師の異能を持つ妹、一華さんの存在。
人間と妖が交わした遠い過去の存在。
それらは決して嬉しいものばかりとは程遠い。
それでも諦めたくなかった。
ふと母と幼き頃、約束した言葉を思い出す。

♦♢
時雨、私の可愛い時雨。貴方が生まれて私は本当に幸せよ。
私は自分の人生に悔いはありません。
お父様と結婚したことだって。
だから時雨も、時雨が心から願う幸せを見つけて強く生きるのですよ。
生きるものは価値がないことなど決してなく、どう生きられるかが大切なのです。

(分かった!じゃあ時雨も母上のように好きな人と結婚する!結婚して母上に一番に教えてあげるね)

ふふ、貴方ならきっと大丈夫よ。


遠い過去の思い出。
母上、私は間違っていませんでしたか?
私が生きてて良いと。
これから赴く地で何が起きようともそう心から思えるのだとしたら。
きっと貴方は笑って私を見守ってくれるのでしょう。