母が死んだ。
それは突然の出来事だった。
ある雪の降る夕方でのこと。
騒がしく辺りに足音を響かせれば、一人の男を先頭に沢山の男達を引き連れた集団が私の方へと向かってきた。男は自分を私の父親だと名乗れば懐から名刺を取り出してこちらに突きつける。
「お前が生まれたことは知っていた。私には久野家当主としての責任と社会的立場がある。これからは久野家に相応しい人材となり、久野家の為に生きるのだ」
父のその一言で私は自分が歓迎されない子であるのだと幼いながらに悟った。
「…分かりました」
「話が早くて助かる。今からお前を本家へ連れていく。ここにはもう戻れないものだと思い急ぎ支度しろ」
私は自室へと戻ると急いで準備に取り掛かった。
大好きだったこの場所ともこんな形でお別れになってしまうとは。大好きだった母と長年過ごした沢山の思い出が詰まる大切な家。その一つ一つを見つめては心の中で謝まると手早く支度を済ませる。
「終わったか。なら着いてこい」
父の後に続いて母屋を出れば、外には黒塗りの車が停車していた。
「乗りなさい」
父に促されるままその車へ乗車する。
発進と共に離れていく我が家を窓越しに見つめれば、私は一人静かに目を閉じた。
さようなら、大好きだった私達の家。
私の人生が変わった瞬間だった。