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この世には二つの世界が存在した。
現世と隠世。
人間達が住まうのは現世、妖達が住まうのは隠世。
ことの始まりは遠い過去の時代でのこと。
時代的に言えば丁度、江戸時代に差し掛かった頃であろう。当時、現世に住む人間達は妖怪の存在は知れど隠世への知識は浅かった。
死んだ者の魂は死んで極楽に行く。
地獄に堕ちれば閻魔大王に舌を切られるだなんだと様々な思想を巡らせてはいたものの、怪異的な現象にはとんと無頓着だった。
だがそんな時、世界は突如急変した。
何処から現れたのか、いつ生まれたのかさえ誰にも分からない。現世へ出現した得体の知れない謎の生物。
彼らは理性を無くし、止まることなく手当たり次第に人間を貪り始めていったのだ。
その数は次第に増加していき、ついに歯止めがかからなくなった生き物達に人間達は恐怖と怒りを覚えた。
人間達は彼らを非現実的な生き物として(あやかし)と呼んだ。
その昔、三大妖怪に挙げられていたとされる酒呑童子、大嶽丸、玉藻前の存在がお御伽草子や絵巻の物語として存在していたように。人間は妖を殺し、何としても人類の滅亡を防ごうと奮闘した。
終わらない残酷な戦争。
これを見兼ねた、当時現世を治める王はこのままでは日本は滅びてしまうと酷く恐れを成した。

その頃、現世には三つの大きな勢力を持つ術家が存在していた。彼らは一般的な民とは異なり、強い異能を持った特別な存在として国が重宝視していた貴重な存在だった。
そのため彼らの存在が公共の場に知れ渡ることは初め無かった。彼らの仕事は主に穢れ・厄・害といった邪気を異能力によって浄化することだった。
どういう訳か、ある日を境に現世で蔓延し始めた謎の伝染病や草木から漏れ出る大量の毒の瘴気。
その問題は長年に渡り改善されることはなく、多くの人々を苦しめていった。
彼らはお互いの家業が受け継ぐ作法に則り、強い異能力を駆使して邪気を次々に浄化していった。すると噂はやがて王の耳へと入り、術家は国公認の秘匿機関として今尚存在する形となっていった。
王は一人の術師からこの世には隠世なる、現世とは違った異世界が存在していることを聞いた。彼らは人間を喰べることによって己の妖力を高め隠世を治めていると。
人間の肉は妖力を高める上で最も貴重な存在である。
それを知った妖が現世へと人間を求め、再び隠世から出てきてしまったのだと。