美優はどんな気持ちで僕に告げているのだろう。こんなにも溢れる気持ちを忘れられて、もういちど告げずにはいられなかった。美優はどう思っているのだろうか。

 僕を恨んでいるだろうか。悲しんでいるのだろうか。
 一度告げたはずの苦しみなのに。もういちど、まるでドラマの再放送のように繰り返す言葉には、どんな想いを背負っているのだろうか。
 笑っているのは僕のせいだろうか。もういちど告げさせてしまっている僕の為だろうか。僕に少しでも苦しみを感じさせないように。無理矢理に笑顔を作っているのだろうか。
 少しだけ取り戻した僕の記憶の中にいる美優は、こんなには強くなかった。
 あの時の美優はただ泣いていた。泣きながら叫んでいた。無くしてしまった自分に。無くしてしまった父親に。ただ激しく泣き続けていた。

 美優が泣いている姿なんて、もうずっと見た事が無かった。小さな頃から美優はほとんど泣かなかった。泣いている姿なんて想像すら出来なかった。なのに僕の記憶の中の美優は大きな声をたてて泣き続けていた。まるで僕にすがるかのように。
 美優の中に唯一残っていた何かを、父親の言葉は壊してしまった。だから美優も崩れ落ちてしまった。
 でも僕は全て忘れてしまった。
 交わしたはずの気持ちはどこか遠くに去ってしまい、それでも美優は僕にこの気持ちを知っていて欲しかったのだろう。
 あの時の事を僕は思い出した。この後に美優が告げる言葉も、僕ははっきりと思い出していた。
 あの時と同じように美優が僕に告げるのかはまだわからない。だけど僕はその気持ちになんて答えるべきか、ただ考え続けていた。
 美優は少し早口になりながら、あの時と同じ台詞をもういちど僕に告げる。

「私はどこにもいない。美優はいない。生まれてきていない」

 強くあろうとしていた美優は、だけどもう壊れ始めていた。
 美優の体が少しずつ震えだしていく。自分の胸元を強く握りしめて、目をつむり顔を下に向けていた。

 波の音が聞こえる。このままでいたら、美優が海の中に消えてしまうんじゃないかと思えた。まるで泡となって消えた人魚姫のように。

「ここに、いるじゃないか」

 僕は美優に向けて手を差し出していた。
 美優が目を開いて、僕をみていた。ただすがるような瞳で、僕の助けを求めていた。

「僕の目に映ってる。ここにいる女の子は、美優だよ。僕の大事な幼なじみの、美優だ」

 美優は迷子の子供のように、不安そうに僕を見つめている。
 僕は小さくうなづく。

 この後に続く美優の言葉を僕は知っている。だけど何度思いだそうとしても、美優への答えだけが思い出せない。
 記憶を辿り尽くしても、僕の中からは消えてしまっていた。

 だけどそれ以上考える必要なんてないと思った。いま僕が感じている気持ちと、きっと変わらないはずだから。
 だから僕は美優が口を開く前に、その答えを告げていた。

「僕が一緒にいるよ。僕と美優はずっと一緒にいた。家族みたいなものだろ。僕は美優のそばにいる」

 僕はさらに手を差し出して、美優へと微笑みかける。覚えてはいないけれど、あの時とおそらくは同じ答えのはずだ。
 だけど美優は僕の手をとろうとはしなくて、ただその両の手を強く握りしめていた。

「友希はずっと一緒にいたよね。兄妹みたいに育って、いろんな時間を共有して。ずっとそばにいるのが当たり前だと思ってた。でも、本当はそうじゃない。友希は、幼なじみだけれど家族じゃない。友希はただの友達に過ぎない。お父さんは私の事を見ていない私には誰もそばにいない」

「美優っ!」

 僕は思わず美優の名を呼ぶ。しかし美優はそれを遮るようにして強い声で叫びだしていた。

「でも私はっ。私は友希に一緒にいて欲しい。ずっと一緒にいてよ。だから、私を、友希の彼女にして。私の恋人になってよ」

 美優はあの時と同じ台詞をもういちど告げていた。
 僕は一瞬だけ声を失う。

 もしも美優がそれを望むなら、すぐにうなづこうと思っていたのに、どうしてそう出来なかったのかはわからない。
 だけど止まっていた時間はほんのわずかの間。次の瞬間には僕は美優を強く抱きしめていた。そうする気持ちを止められなかった。

「ああ。ずっとそばにいる。僕は美優から離れないよ」

 僕の胸の中に確かに美優はいた。僕の胸の中にその体を寄せていた。美優の温もりが服の上からでも感じられた。

「うん」

 美優はいつもの美優らしくなく、小さな声でうなづいていた。
 この瞬間から、僕は美優の彼氏になった。