* * *
昨日はどうやってあの男子と別れたのか、あまり覚えていない。
ただ泣き続けていた私に、彼は最後まで背中を向けたままだった。
ようやく落ち着いた頃に『大丈夫?』とだけ訊かれて小さく頷いたけれど、たぶん他にはなにも会話をしなかったと思う。
校門を抜けて駅に着き、改札のあたりでひとりになった気がする。
「美波―! 今日の約束、覚えてる?」
「デラックストロピカルアイスクレープでしょ?」
「そうそう! 私、昨日からずっと楽しみで!」
朝一番に声をかけてきた真菜は、いつも通りの笑顔で話している。
昨日のことに触れないのは、きっと私の気持ちを察してくれているんだろう。
「あのさ、クレープなんだけど……ちょっと遅くなってもいい?」
「いいけど、どうかした?」
「昨日……コーチに挨拶行くつもりだったんだけど、行けなくて……。でも、さすがに挨拶もしないわけにはいかないから……」
登校後すぐに職員室に行くと、古谷先生はもう来ていた。
先生は私が水泳部に顔を出していないことを、コーチから聞いていたい違いない。
『挨拶は気持ちが落ち着いてからでいい』と言ってくれた。
その言葉に甘えたかったけれど、そうすると私はどんどん先延ばしにしてしまう。
退部届を出せずにいた、昨日までの日々のように……。
だから、古谷先生には『今日は行きます』と伝えた。