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炭酸飲料を飲み終えた昇平がゲップ交じりにつぶやく。
「やっぱさ、コクっちまうか」
「ムリじゃねえの。断られたら気まずくなるだろうし」
今の何でもない関係が一番居心地がいい。
「なんだよ、さっきはコクれよってけしかけたくせに」
我ながら矛盾してることは自覚してるけど、空と海を入れ替えるくらい無理なものは無理だ。
逆立ちしたって解決できない。
ま、俺たちに恋とか、そういうのは似合わないってことを自覚しろって言いたいだけだ。
「なあ、拓海、神社の言い伝え知ってるだろ」
「恋愛成就の噂か?」
日名賀神社はフェリー港の背後にそびえる断崖の上にあって、参道は絶壁を見上げるような急斜面の階段で、しかも七十段もある。
下から見上げればほぼ垂直にしか見えないし、上から見下ろしても墜落の恐怖に足がすくむ。
実際に昔は落ちて死んだ人が何人もいたらしい。
今では崖を回り込む安全な脇参道ができたけど、この神社の夏祭りは、二十歳になった若い衆がおこなう『階段上り』が有名だ。
なみなみと酒を注がれた大杯を両手で掲げて絶壁階段を上り、鳥居をくぐったところで飲み干したら一人前と認められる。
漁師の村に伝わる通過儀礼というやつだ。
俺たちはこの島で生まれ育ったけど、その儀式に参加することはないだろう。
うちはもう漁師じゃないし、高校を卒業したら島を出る。
二十歳になっても帰っては来ないだろう。
この島には就職先なんてないからだ。
昇平の言っている言い伝えというのは、夏祭りで日名賀神社の階段を一緒に登り切って鳥居をくぐった二人は結ばれるという都市伝説のことだ。
どこにでもある根も葉もない噂に尾ひれがついたような迷信だ。
座ったまま両腕を上げた昇平があくびをした。
でかい口だな。
「でもよお、そもそも一緒に鳥居をくぐるためには彼女を誘わなきゃいけないわけだろ。それって、もうとっくに仲良くなってるってことじゃんよな。神社のおかげじゃねえじゃんか」
冷静に考えればそういうことになる。
言い伝えなんて、だいたいそんなもんだ。
「よしっ」と、いきなり昇平が立ち上がった。「行こうぜ」
はあ?
「どこに?」
「神社だよ」
なんでよ?
地蔵になりきろうとした俺の背中をたたいて昇平が走り出す。
「ほら、いいから来いよ」
めんどくせえ。
神社のある港は学校をはさんで反対側だ。
せっかく汗が引いてきたというのに、来た道を戻らなくちゃならない。
獣のように叫び声を上げながら坂道を下っていく昇平の背中を俺は仕方なく追いかけた。
――まったく。
走ればいいと思ってんだろ、青春なんて。
だけどさ、何をやっても似合わねえんだよ、俺たちはさ。