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 高校から港と反対に東へ少し来た高台に展望台がある。
 とはいっても、平日に人がいることなどないから、屋根のある休憩所は俺たち地元学生のたまり場になっている。
 潮風が吹き抜けていく東屋に置かれた切り株型の腰掛けに座って、俺は麦茶、昇平は炭酸飲料をがぶ飲みしていた。
 自販機から取り出したばかりのペットボトルは俺たちみたいに汗だくだ。
「ああ、やべえ、掛川って、やっぱり最高だよな」
 冷たいペットボトルを首筋に押し当てながらやつは斜め上に視線を向けてニヤけている。
「顔もいいし、性格もいいし、からだも……」
「コクればいいじゃんよ」
 俺がかぶせ気味に言うと、昇平は後ろにひっくり返りそうになってペットボトルからドリンクが吹き出した。
「ムリムリ。無理に決まってんじゃん」
「なんでだよ」と、俺は麦茶を一口含み、喉を鳴らして飲み込んだ。「やってみなくちゃ分からないだろ」
「分かるに決まってるだろ。べつに俺と仲良くしてくれてるわけじゃないし、それによ……」
 今度は昇平が言葉を切ってドリンクを一口含むと勢いよくゲップをした。
「拓海よお、おまえの方がよくしゃべってるじゃんよ」
「俺だって、仲がいいわけじゃないぞ」
「だけどさ、さっきだって、おまえの方に視線が向いてただろ」
 ――ああ、まあ、やっぱり気づいてたか。
 たしかに、美緒は俺と昇平が二人でいると、俺の方にだけ視線を向けてくる。
 だからといって、俺に気があるわけじゃないし、昇平のことを嫌っているわけでもない。
 ただ単に、こいつみたいな騒がしいやつが苦手なんだ。
 空回りしている相棒を見ているのは楽しいけれど、気づけよと蹴っ飛ばしてやりたくもなる。
「なあ、おまえも掛川のこと、気になるだろ」
 昇平が俺との間合いを詰めた。
「べつに、そんなでもないけど」
「またまたあ。おまえもヘタレじゃんよ。おまえこそコクれよ」
「なんで俺が。巻き込むなよ」
「べつに恥ずかしがるなよ。あの水着姿を見て平気でいられるのか? 俺ら高校生だぜ。健全な思春期男子だぜ。カノジョ欲しいだろ! あー、ほしーい! イチャイチャしてえよ!」
「うっせえよ、馬鹿」
 いきなり海に向かって叫びやがって。
「だってよお、もうすぐ夏休みだぞ。青春してえじゃん」
「してんじゃん」
 きょとんとした表情で昇平が固まる。
「青春なんて、ないんだよ。カノジョがいて、一緒に裸足で波打ち際を走ったりなんて、どこで誰がやってるよ。そんなの映画とかドラマでしか見たことねえだろ。本当はどこにもないんだよ、そんなもの。理想の青春を追い求めて挫折するのが本物の青春。『青春してえよ』って叫んでる状態こそが青春なんだ。つまり、昇平、おまえは青春してる。Q.E.D.証明終了」
「ジジイか」と、昇平の平手打ちが俺の背中で派手な音を立てる。
「痛ってえな、馬鹿」
 と、いきなりやつが俺の肩に手を回してベタベタな顔を寄せてきた。
 ――やめろよ、暑苦しい。
「なあ、掛川ってさ、誰のことが好きなんだろうな」
「知るかよ」
 振り払おうとしてもやつはなおもしつこく迫ってくる。
「イケメンの先輩たちもみんな断られたんだろ」
「まあ、そうらしいな」
「なあ、ってことはよ」と、首まで絞めにかかってくる。「まだ断られてないやつの中に本命がいるってことじゃねえかな。……てことはさ、俺にもチャンスあるじゃんか」
 何だよ、その謎理論。
 いや、まあ、たしかに間違ってはいないけど、正解に近くなったわけでもないよな。
 四択問題じゃないんだから、百のうち、二つ三つを消去してみたところで、確率が高くなりましたなんて喜んでたら馬鹿だろ。
 それに、そもそも、相手がうちの高校にいるとは限らないんだぞ。
「おい、拓海よお、おまえ、なんか噂とか聞いてないのかよ」
「ねえよ。知るかよ」
 突き放した返事にあきらめたのか、ようやくやつが俺から離れてくれた。
 まったく、どこまで面倒なんだよ、恋ってやつはさ。