「風音さん、私になにか、この屋敷での仕事をください」
「仕事、ですか……」
「はい」
「でも、由椰様はお客様ですよ」
「風音さん。元はと言えば、わたしは神無司山に捧げられた生贄です。一週間だけの滞在が、期限の読めない長期滞在になった今、何もせずにぼんやり寝て過ごすわけにはいきません。料理でも掃除でも、できることは何でもやらせてください」

 意気込む由椰に、風音が少し困った顔を見せた。

「由椰様のお言葉はとてもありがたいのですが、この屋敷は烏月様の神力でできているので掃除は必要ないのです。下手に物を動かすと、バランスが崩れてしまうので……。それに、烏月様はほとんど食事を摂られません。私たちあやかしは、人間のように頻繁に食事を摂らなくても生きられるので……」
「そうですか……」

 烏月は、由椰が人の世に戻れないのは、現世での未練がないからだと言った。長い時間、眠り過ぎていたからだ、とも。

 ならば現世での行ないを再現すれば、未練に繋がるものが見つかるかもしれない。そう思ったが、この屋敷では由椰の出番はないようだ。

「ここでも、私はあまり役に立たないみたいですね……」
「そんなことありませんよ、由椰様」

 しゅんと肩を落とす由椰を見て、風音が首を横に振る。

「いいんです。私には、そもそも価値なんて――」
「そんなことありません。由椰様がいらっしゃるから、私はこの屋敷に足を踏み入れることが許されているのです」

 風音の話によると、昔、この屋敷には人やあやかしが多く出入りしていたらしい。だが、三百年ほど前に神無司山の土地神・伊世が姿を消してから、烏月は風夜と泰吉以外の者を屋敷に招き入れなくなったそうだ。