激しい剣戟(けんげき)が続く。私は二人をよけながら、隙を見てチヨミへ補助魔法をかけ続けた。
「ヒナツ、一番伝えたい言葉を私はまだ言ってない!」
 容赦なく刃を叩きつけながらチヨミが叫ぶ。
「うるさい!お前の口から出てくるのは、いつも俺を否定するものばかりだ!」
「聞いてヒナツ、私は……!」
「黙れぇえ!!」
(チヨミ……!)

 その時だった。
 カチリと小さな音が背後から聞こえた。

(今の音……)

 振り返った先で扉が開く。そこから見慣れた顔ぶれが次々と入って来た。

「ソウビ殿!!」
「姉さん、無事か!?」
「テンセイ、タイサイ……!」
「二人とも生きてるようだね」
「あぁ、間に合って良かったぜ」
(ユーヅツ、メルクも!)
 攻略キャラ4人に続き、兵士たちや民たちも開いた扉からなだれ込んでくる。
(なるほど。つまりこの戦闘は『〇ターン耐えろ』とかそういうやつかな?)

 だが、ほっとしたのもつかの間、殺気立った怒声があちこちから湧きあがった。
「チヨミ様に加勢しろ!!」
「おおおお!!」
(えっ!?)
 何が起こったか理解する間もなく、数多の礫がヒナツに向かって飛んでいく。
 民たちの投げつけるそれは、まるで雨のようにヒナツの頭上へと降り注いだ。

「ちょ……」
 予想していなかった彼らの行動に私の声は喉元で固まる。
 やがて、そのうちの大きな一つが、ヒナツの額を直撃した。
「ガッ!」
 ヒナツがのけぞり、よろめき、何とか踏みとどまる。
 彼の赤い髪よりさらに朱い血が、顔を染めた。
「ま、待って、みんな! こんな乱暴な……!」
「父ちゃんを返せ! お前のせいでドラゴンにやられたんだ!」
「……っ!」
 ようやく絞り出せた声は、民たちの怒りにかき消される。
「アタシの夫は、仕事のできない体にされちまった!」
「恋人を返して! 武器も防具も与えないままドラゴンミルクを取りに行かせるから!」
「……っ」
(言えない)
 私は服の胸元をギュッと掴む。
(この行為が、残酷だとか野蛮だとか、私には言えない。ヒナツはこれ以上のことを、国のみんなにやってしまったんだ……!)
 彼らの口を塞ぐことなんて、私にはできなかった。
「くたばれ!!」
「お前のせいだ!!」
「ま、待て、お前たち!」
 彼らの行為を止めようとテンセイが声を上げたが、その勢いはとても収まりそうになり。
「クソが……っ、てめぇら……!」
 顔や王の装束を血に染めたヒナツが、剣を杖にして立ち上がろうとした時だった。
 チヨミが両手を広げ、ヒナツと群衆の間に立ちはだかった。
「姉さん!?」
 礫の一つがチヨミの頬をかすめる。
 チヨミの白い肌にぷくりと血の珠が浮かび、つうと滴り落ちた。

「お。おい、やめろ! 投げるな!! チヨミ様に当たっちまう!!」
 群衆の間に動揺が広がり、勢いが落ちる。
 だが、その中にも怒りの収まらない者がいた。
「チヨミ様、そこをどいとくれ! なぜそんなやつを庇うんだい!?」
 チヨミはまるで磔にされたかのように、左右に腕を伸ばし目を閉じている。
 それは、殉教者のように神々しかった。
「ごめんなさい、皆さん。私は、ヒナツ・プロスペロの妻です」
 チヨミの静かでよく通る声が、謁見室の空気を震わせる。
 彼女は目を開き、慈しみに満ちた視線を人々に向けた。
「今も、夫を愛しているのです」
「なっ……」
 血に濡れた髪の間からヒナツが目を剝く。
「……なん、だって?」
 呻くように言うと、タイサイは剣を取り落とした。

 その場は水を打ったように静まり返る。
 だがすぐにどよめき、怨嗟(えんさ)の声がわき上がった。
「ふざけないで! そんな男を庇うならあんたも同罪よ!」
「今すぐそこをどいてくれ! あんたを憎みたくないんだ!」
 嵐のような抗議の声を受けながら、チヨミはスッと睫毛を伏せる。
「ヒナツ、伝えたかった言葉、言うね」
「……」
 チヨミは再び目を上げる。その瞳に迷いはなかった。次の瞬間飛んでくるかもしれない(つぶて)を恐れることなく、彼女はまっすぐにヒナツの心へ言葉を捧げる。
「昔、野盗から私を助けてくれたよね。あの日から、ずっとヒナツが好きだよ。この命は、この魂は、あなたがいたから今ここにあるの。だからね、今度は私が、ヒナツの命を救う番」
 ヒナツは信じがたいものを見る目で、自分を背に庇うチヨミを見ていた。
「ばかやろう……」
 やがてその口から、震える声が漏れる。
 そして一転、彼女を嘲笑うように顔を歪め、まくしたてた。
「バカな女だなてめぇは!! あんなの、自分のためにやったに決まってんだろ!! お嬢様であるあんたを助ければ、貴族の旦那の目に留まる! 現に、お前の父親は俺を取り立てた!! そうだ、それが目的だったんだ! 別にてめぇを大切に思ってやったわけじゃねぇよ!」
「それでも、あれはあなたの命を引き換えにしての大勝負だった」
 チヨミはヒナツを背に庇ったまま、柔らかに微笑み言葉を紡ぐ。
「そこにどんな感情が絡んでようと関係ない。事実として、あなたは命がけで私を助けてくれた。私の命は、あなたに救われたもの。だからこの命、あなたのために使いたい」
 澄み切ったチヨミの言葉にヒナツは二の句を継げず、ただ大きく腕を広げた彼女の背を見つめる。
 ふと、チヨミの瞳に憂いが差す。
「……ヒナツ、あなたは大勢の民を犠牲にしてしまった。その報いは受けよう?」
「……」
「ごめんね、ヒナツ。私があなたに嫌われることを恐れて、間違った道に進もうとするあなたにちゃんと言えなかったから。せめて私は、あなたの道行きに付き合うよ……」
 チヨミはヒナツに背を向けたまま、聖母のように微笑んだ。
「ヒナツ、あなたが、大切だから」
「う……、うおぉおおおおお!!」
 チヨミが言葉を告げ終わると同時に、ヒナツはその場にくずれ落ちる。
「あぁ、うぁあああ! うわぁあああああ!!」

 幼子のように泣き崩れるヒナツへ、チヨミは腕を下ろしようやく振り返る。悲し気で、そして慈愛に満ちた眼差しを彼に向けた。
「あなたから王の地位をはく奪します。あなたの処遇は、次に王となる者に委ねましょう」
 身を丸めて床にうずくまるヒナツへ、チヨミは跪きそっと手をのばす。血に濡れた赤い髪を、愛し気に指で触れた。
「私も、共に」
 それはまるで一枚の絵画のように美しく、神々しく、誰もがただ言葉を失い見ていることしかできなかった。

 毒気の抜けた雰囲気の中、私はほっと小さく息をつく。
(これで、ひとまずの解決を迎えたってことでいいのかな?)
 そう思い、何気なく玉座の方へ目を向けた時だった。
「あれっ?」
「どうなされた、ソウビ殿」
「ラニがいない」
「なんだって?」
 ユーヅツの声に、タイサイやメルクが目を上げる。
(あ……! これってゲームの中のソウビと同じ行動だよ!)
 チヨミに気を取られて、うっかりしていた。
 原作ゲームでは、皆の目がヒナツに集中している隙をつき、ソウビは城から逃げ出すのだ。
 そして森の中で、憎しみを募らせた民やテンセイに追いつかれ、無惨な最期を迎える。
(と言うことは、ラニはきっとあの森の中……!)

 はじかれたように、私は駆け出す。
「どこへ行かれるのですか、ソウビ殿!?」
「ラニを追いかけなきゃ!」
 きっと今ごろ、彼女は泣きながら走っている。
 恐怖に震え、憎悪に怯え、誰にも頼れない孤独に絶望しながら。
(私の身代わりとなって……!)
「お待ちください、ソウビ殿! 自分も参ります!!」