「気のせいなんかじゃない」


 認めたくない。


 辛い。
 なってしまっている、そういう気持ちに。
 そのことに。

 そして。
 出てしまっている、表情(かお)に。
 辛い気持ちが。
 そのことにも。



 それなのに。
 言われてしまった。
 一輝くんに。
『気のせいではない』と。


「結菜ちゃん」


 できない、見ることが。
 一輝くんの顔を。


「逃げないで」


 だけど。
 今言った一輝くんの言葉。
 その言葉に反応してしまい。
 見てしまった、一輝くんの顔を。


 入る、視界に。
 一輝くんの顔が。



 その瞬間。
 ドキッとした。

 なぜなら。
 見ているから、すでに。
 一輝くんは私の顔を。


 確かに。
 一輝くんは私に話しかけている。
 だから私の顔を見ているのは不思議ではない。

 わかっている、それは。
 だけど、してしまった。
 なぜかドキッと。





 それに。
 一輝くん。
 あまりにも真っ直ぐに見つめてくるから。
 私の瞳を。


 そんな一輝くんの瞳。
 全く濁りのなく純粋過ぎるくらい。



 それだからだろうか。
 できない、逸らすことが。
 一輝くんの瞳から。







 こんなにも。
 見つめられたら。
 真剣な眼差しで。



 できない、もう。
 逃げることなんて。





 出すしかない、勇気を。


「一輝くん、
 あのね……」


 そうだよ。

 訊くだけ。
 知らないふりをして。
『誰かと会っていたの?』って。


 たったそれだけ。
 だから簡単なこと。



 そう言い聞かせる、心の中で。


「誰かと会ってたの?」


 そして。

 訊いてしまった、ついに。


「え?」


「今日、一輝くんが出かけたのは、
 誰かと会う約束をしていたからなのかなって」


 知っている、本当は。

 一輝くんが会っていた人。
 それは女の子だということ。


 それなのに。 
 訊く、知らないふりをして。

 それは。
 辛い。



 それなのに。
 訊いてしまうなんて。