そんなことを考えていたら。
 いつの間にかマンションに着いていた。

 そのとたん。
 急激に緊張が走った。



 和らげる、緊張を。
 そのため大きく深呼吸をした。


 とにかく普通に普通に。

 そう自分に言い聞かせる。





 今の心の状態。
 それが声に出ないように。
 必死に心を落ち着かせ。
 できるだけ平常心を保ちながら「ただいま」と言い。
 玄関のドアを開けた。


「おかえり」


 驚いた、ものすごく。


 玄関のドアを開けた。
 その瞬間、一輝くんがいたから。



 出ない、声が。
 驚き過ぎて。





 そんな中。
 必死に言い聞かせる、自分の心の中に。

 落ち着いて、と。


 そうしたら。
 出るかもしれない、声が。



 とにかく冷静に。
 できるだけ接しよう、そのように。


「誰と会ってたの?」


 今の心の状態。
 見抜かれないようにしたい、一輝くんに。 

 だから。
 冷静に接しよう、一輝くんに。





 そう思っている。
 それなのに。
 一輝くんが訊いたから、そんなことを。



 だから。
 大きく跳ねてしまった、心臓が。

 そのため。
 難しくなってきてしまった、冷静でいることが。


 心の中はバタバタと走り回るように忙しくなってしまっている。


「結菜ちゃんが送ってくれたメッセージでは
 誰と会うとか、
 なにもなかったから」


 忙しい、ものすごく。
 心の中が。


 そんな中。
 言われてしまった、一輝くんに。

 誰と会う。
 触れてほしくない、そのことは。
 そう思っているから。


「もしかして」


『もしかして』

 その言葉を言った。
 ということは。
 気付いているのだろうか、一輝くんは。


「……市条先輩」


 やっぱり。


「会ってたの? 市条先輩と」


 気付いていた、一輝くんは。


 そして。
 鋭い、ものすごく。
 一輝くんは。





 たぶん。
 何を言っても。
 見抜かれてしまうだろう、一輝くんに。


 だから。
 できない、なかなか。
 返答することが。



 無言のまま。
 そうしたら肯定することになってしまう。
 拓生くんと会っていたこと。


 そう思っても。
 本当のことには違いない。
 拓生くんと会っていた。
 そのことは。

 だから言えない。
『拓生くんとは会っていない』とは。


「何も言わないということは
 肯定したということになるけど」


 仕方がない。
 本当のことだから。

 したくない、噓をつくこと。
 一輝くんに。







 ただ。
 本音は。
 一輝くんが何も訊いてこない。
 それが理想なのかもしれない。

 そう思ったものの。
 それは少しだけ卑怯な考えなのだろう。





 そう思ったけれど。
 困っている、現実には。


 一輝くんに言われた。
 どう返答しよう、そのことに。

 考えても。
 思い浮かばない、良い返答が。



 確かに。
 どういうものなのか。
 こういうときの良い返答とは。

 ストレートに。
『拓生くんと会っていた』
 と言うのも。
 なんか開き直っているみたいだし。


 一体どうすれば。