翌朝十時、約束通り二人は最寄り駅に立っていた。改札を通る瞬間、ちくりと後悔が胸を刺したけれど、すぐに電車は出発してしまう。立ち止まらずに矢代は歩き続けた。

 通勤ラッシュの時間を過ぎたというのに、夏休みということもあって車内は少し混雑している。座るところは無さそうだと周囲を見回して判断する。

 母親の厳しい目を掻い潜るために着ている制服のせいで、自分たちが浮いた存在かのように思えてくる。けれど、ほとんど全員がスマホに夢中で、残りの数人も夢の中。彼らに注目する人はいなかった。


 「ねえ、ひとつ思いついたんだけどさ」
 「ん?」
 「ゴールまでスマホ見るの禁止にしない? 緊急事態以外」
 「俺は別にいいけど」


 如月の提案にいちいち動じていたら疲労が倍になるということを、矢沢は身に染みて理解している。

 疑問を投げるのも面倒になって提案に乗っかれば、嬉しそうに顔を綻ばせた如月が通学カバンから「じゃーん」と小さな長方形を取り出した。


 「カメラ?」
 「そう、フィルムカメラ持ってきた」


 学生でも手が出せる値段で販売されているそれは、矢沢も修学旅行などで使ったことがある馴染みのあるもの。それを誇らしげに掲げる如月はドヤ顔で見上げてくる。

 ――あー、褒めてほしいってことね。
 瞬時にそれを察した矢沢が「偉い偉い」とぐしゃりと適当に頭を撫でる。すると如月は「髪が崩れるじゃん」とむくれてしまった。

 パシャリ。その表情を見た矢沢はするりとカメラを奪い取って、唇を尖らせながら髪を手櫛で整える如月をカメラの中に閉じ込めた。


 「あ、今撮ったでしょ」
 「余らせるより撮りたいもの撮った方がいいだろ」


 悪気なくそう言われてしまえば如月は黙るしかなかった。今日は矢沢のことをたくさん写真に撮ってやろうと目論んでいたのに。

 心臓の奥がなんだかむず痒い。
 少女漫画のヒロインが素直になれなくて、ツンツンした態度を取ってしまう状況に今ならすごく共感できる気がした。


 「ほら、頬膨らませてないで席空いたから座っとけ」


 有無を言わさず座らされた如月はカバンをぎゅっと抱え込んで、自分の前に立つ矢沢を見上げた。つり革を持って立っている彼は変わっていく車窓の景色に夢中になっている。

 ――……狡い。
 如月は抱え込んでいるカバンに顔を埋める。

 面倒見が良くて、何でもそつなくこなす矢沢は、昔から密かに女子から思いを寄せられることが多かった。彼に手紙を渡してほしいと頼まれる度、ズキンと音を立てて胸の奥が泣いていた。

 今になって思えばあれは嫉妬だったのだろうと思うけれど、それでも嫉妬の対象は分からないままだった。