「青春って、何色なんだろうな」
何の脈略もなく如月がそんなことを突然呟いたのは、高校で行われている夏期補習三日目を終えた帰り道のことだった。
さぁ帰ろうと自転車に跨ろうとしていたけれど、思いがけない言葉に上げた足を下ろして如月を振り返る。
物心ついた時から隣にいた矢代と如月は、いつだってどこでだってコンビ扱いされてきた。そんな相棒ともいえる存在の、突拍子もない発言に矢代は首を傾げる。昔からこいつの言動は全く読めない。不思議ちゃんなのだ。
まっすぐに自分を見つめる男を、如月はビー玉のように綺麗な瞳で見つめ返す。この瞳に矢代は弱かった。
高校二年生の夏休み。
来年は受験勉強真っ盛りで、青春どころじゃないだろう。高校を卒業して制服を脱いでしまえば、想像している青春の答えは見つからない気がした。
――そうか、自由を謳歌できる最後の夏だ。
そう自覚した瞬間、矢代の口は勝手に動いていた。
「……行くか」
「え?」
「青春ってやつ、探しに行こうぜ」
突拍子もないのは、矢代も同じだった。もっとも、彼にその自覚はなかったけれど。
ぽかんとした表情の如月は、まだその言葉の意味を上手く飲み込めていない。自分から言い出したくせに、矢代の発言に眉間に皺を寄せている。
「探しに行くって、どこに?」
「それは、その、いろいろあるだろ」
「……計画性がないね」
「っ、元はと言えばお前が変なこと言うからだろ」
責任転嫁するように反論すれば、如月はふっと笑みを浮かべる。よく女子がキャーキャー言うのも頷けるほど、綺麗な笑みだった。
「じゃあさ、海行きたい」
「海?」
「青春の匂いがする」
「何だよそれ」
――色が分からないくせに、匂いは分かるのかよ。
頓珍漢な彼にそう言いたかったけれど、ぐっと堪える。
矢代にとっても、如月の提案は魅力的だった。
なぜなら彼らの住むここは海無し県。
最後に海を見た記憶さえ曖昧だ。
海が見たいなんて考えたことすらなかったけれど、一度想像してしまえばどんどん心の底から興味が湧いてくる。
「行かない?」
「……行く」
「決まりね」
まるで近所のコンビニにでも行くような気軽さで、青春の色探しの旅は決まった。
「問題はいつにするかだな」
「明日」
「は? 明日も補習あるだろ」
「だって善は急げって言うじゃん」
周囲には如月の方が優等生だと思われがちだが、それはとんだ間違い。ぶっ飛んだ考えをしているのはどちらかというと如月で、隣にいる矢代はそれに巻き込まれてばかり。要領のいい如月は怒られず、いつだって矢代が矢面に立っている。
今回もそうなることを予感して、大袈裟なまでにため息を吐き出した矢代が頭を抱える。
「お前な、母さんに何て言うんだよ」
「黙ってればバレないよ」
「後で怒られるの俺なんだけど」
母親が鬼のように怒っているところを想像しただけでゾクッと背筋が凍る。それをこいつは全く分かっていない。如月ママはこいつと同じようにおっとりした人だから、平気なのだろう。
「大丈夫、俺が一緒に謝るから」
「……お前に弱いもんな」
血は争えないのか、矢代の母親も如月に弱い。そんな似ているところを見つけても全く嬉しくなかった。
「本当に明日海行くんだな?」
「うん」
「はぁ……、じゃあ明日十時に駅集合な」
「了解」
ふたりだけの秘密の約束。
ひと夏の思い出。
初めてのサボり、久しぶりの海。
昔観たロードムービーの真似事をするみたいで、ワクワクするのを止められなかった。