「ねえ、知ってる?」
「……あのウワサこと?」
「そうそう」
「学校内のどこかにある……」
「不思議な本……」
「選ばれた者にしか、見つけられない……」
「信じる者にしか、開けない……」
「『恋』の願いが叶う、不思議な本――」
「それが、ある場所はね? 『アナタノ場所』――」
***
あの涙を見たときから、彼女はいつも、私の世界の中心にいた――
***
【九月十五日(月曜日)】
休み明けの月曜日、学校へ行ったら、私の下駄箱のロッカーに、赤い洋封筒に入った一通の手紙が入れられていた。
まだこれがラブレターなら、私の人生は、救われたのかもしれない。
だが現実は、そうはうまく行かないものだ。
いや現実の厳しさの方が、マシだったかもしれない。
――赤い便せんの手紙には、こう記されていた。
『ワタナベ アスナ様
本日、“アナタノ場所”でお待ちしております。
願い叶えの本製作委員会より』
……なにこれ?
……。
“アナタノ場所?”
その言葉を目にした瞬間、急に心にぽっかり穴が開いたような虚しさが、吹き抜けた。
……。
なんだろう? この気持ちは?
なんなんだろう、この虚無感は――
私、知ってる――
ブワッと感情が心の奥から、込み上げてくる。
彼女の「幸せ」を願って身を引くなんて、彼女を諦めるなんて、誰かのもになるのを黙って見ているなんて……本当はいやだ。
そう自分の心を素直に認めたとき、私は不思議と、あることを思い出した。
“アナタノ場所”――
きっとあそこだ。
***
私は図書室が完全に閉まる時間まで、息を潜めるように、隣の図書準備室で待っていた。
人の気配が消え、完全に電気が落とされる。私はそれを確認すると、図書室に忍び込んだ。
図書室への潜り込んだはいいが、室内は真っ暗だった。
キィー、バタン……
後ろの図書準備室ドアが勝手に閉まった。
それとほぼ同時に、図書室の灯りがパァッとついた。
そこは学内の図書室ではなかった。
西洋のお城にでもあるような、大きな図書館内だった。
まるで昔ネットで見た、北欧スウェーデンの大型市立図書館のようなところだ。
天井は吹き抜けており、天井から見える夜空には星が瞬いている。書館全体は円筒形の構造のようで、外周に三百六十度本を並べた見事な内装だ。
たしかあの図書館は五十五万冊の蔵書があると聞いたが、ここもそのくらいはあるかもしれない。そのくらい、この図書館の壮大さは圧巻だった。
……私、知ってる。この場所を。
不思議とそう思ったとき、後ろから声を掛けられた。
「ようこそ」
「!?」
「ようこそ、願い叶えの本製作委員会へ」
扉の前にいつの間にか、うちの学校の制服を着た男が一人立っていた。
全体的に色素が薄く、背のひょろっと高い不思議な感じのする人だった。
……この人、どこかで……
私が記憶の糸を手繰ろうとすると、青年は次を続けた。
「あなた、誰? ここは……ここはどこ?」
「ククククク……まるで、記憶喪失にでもなった人みたいだね」
「ふざけないで!」
「手紙を受け取ったんだろう?」
「!? ……この手紙あなたが?」
「パーティーへの招待状さ」
「パーティー?」
「まともじゃないと思っているのだろう? その手紙も、この場所も。でもさ、願いが叶う本なんて、もっとまともじゃないと思わない?」
その青年は、薄くニヤリと微笑んだ。
「!」
「でも、君は信じてるんだ、本の存在を」
「……」
「あの本はね、信じてる人間にしか見つけられないのさ。君は信じてないと装いながら、心の奥では信じているんだ」
……。
「……そうね」
私は不思議と、自然にそう答えていた。
「それで、その本はどこにあるの?」
信じないなど無駄なのだ。今の私にはなぜだかそう思えた。
「ここにある。ただそこまで辿りつけるかは、君次第だ」
「辿りつくってどういうことよ? この中から自分で探せってこと?」
図書館内ざっと見ても相当広い。何十万冊という書籍が保管されているようだ。
「ま……簡単にいうと、そういうことだね」
私は早速……近場の本棚を探そうと思った。思ったが……
「探し出せれば、願いは叶うの?」
彼はなにも答えない。
「なにか……願いを叶えるのに、なにか対価がいるんじゃないの?」
慎重というわけではない、普通の人間なら誰でも疑うことだ。人間にとって奇跡というのは、そういうものだと。
彼は薄く冷ややかに微笑んだ。
「察しがいいね。確かに対価はいるよ。でもそれは……」
「……」
「今は秘密さ」
「!?」
「なにが対価になるか分からない。大したものではないかもしれない、でも途方もないものかもしれない。……ね? 分からない方が、面白いだろう?」
強烈な不安が私にのしかかって来た。対価がなにか分からないはずなのに、奈落の底に落ちるような、不安……
――いいえ。
もう私、自分の心にウソをつきたくない。
「決心は……ついたみたいだね」
「ええ」
「じゃあいってらっしゃい、本探しの旅へ。君が本当に本を見つけられるか、そして、本を開くことができるのか、その答えは旅路の終わりにある」
そう彼が言い終わると同時に、図書館の吹き抜けの天井から、強烈な光が差し込んで来た。
その光はついに、館内全体を覆い尽くした。
私はゆっくりと目を閉じた。
つづく
「……あのウワサこと?」
「そうそう」
「学校内のどこかにある……」
「不思議な本……」
「選ばれた者にしか、見つけられない……」
「信じる者にしか、開けない……」
「『恋』の願いが叶う、不思議な本――」
「それが、ある場所はね? 『アナタノ場所』――」
***
あの涙を見たときから、彼女はいつも、私の世界の中心にいた――
***
【九月十五日(月曜日)】
休み明けの月曜日、学校へ行ったら、私の下駄箱のロッカーに、赤い洋封筒に入った一通の手紙が入れられていた。
まだこれがラブレターなら、私の人生は、救われたのかもしれない。
だが現実は、そうはうまく行かないものだ。
いや現実の厳しさの方が、マシだったかもしれない。
――赤い便せんの手紙には、こう記されていた。
『ワタナベ アスナ様
本日、“アナタノ場所”でお待ちしております。
願い叶えの本製作委員会より』
……なにこれ?
……。
“アナタノ場所?”
その言葉を目にした瞬間、急に心にぽっかり穴が開いたような虚しさが、吹き抜けた。
……。
なんだろう? この気持ちは?
なんなんだろう、この虚無感は――
私、知ってる――
ブワッと感情が心の奥から、込み上げてくる。
彼女の「幸せ」を願って身を引くなんて、彼女を諦めるなんて、誰かのもになるのを黙って見ているなんて……本当はいやだ。
そう自分の心を素直に認めたとき、私は不思議と、あることを思い出した。
“アナタノ場所”――
きっとあそこだ。
***
私は図書室が完全に閉まる時間まで、息を潜めるように、隣の図書準備室で待っていた。
人の気配が消え、完全に電気が落とされる。私はそれを確認すると、図書室に忍び込んだ。
図書室への潜り込んだはいいが、室内は真っ暗だった。
キィー、バタン……
後ろの図書準備室ドアが勝手に閉まった。
それとほぼ同時に、図書室の灯りがパァッとついた。
そこは学内の図書室ではなかった。
西洋のお城にでもあるような、大きな図書館内だった。
まるで昔ネットで見た、北欧スウェーデンの大型市立図書館のようなところだ。
天井は吹き抜けており、天井から見える夜空には星が瞬いている。書館全体は円筒形の構造のようで、外周に三百六十度本を並べた見事な内装だ。
たしかあの図書館は五十五万冊の蔵書があると聞いたが、ここもそのくらいはあるかもしれない。そのくらい、この図書館の壮大さは圧巻だった。
……私、知ってる。この場所を。
不思議とそう思ったとき、後ろから声を掛けられた。
「ようこそ」
「!?」
「ようこそ、願い叶えの本製作委員会へ」
扉の前にいつの間にか、うちの学校の制服を着た男が一人立っていた。
全体的に色素が薄く、背のひょろっと高い不思議な感じのする人だった。
……この人、どこかで……
私が記憶の糸を手繰ろうとすると、青年は次を続けた。
「あなた、誰? ここは……ここはどこ?」
「ククククク……まるで、記憶喪失にでもなった人みたいだね」
「ふざけないで!」
「手紙を受け取ったんだろう?」
「!? ……この手紙あなたが?」
「パーティーへの招待状さ」
「パーティー?」
「まともじゃないと思っているのだろう? その手紙も、この場所も。でもさ、願いが叶う本なんて、もっとまともじゃないと思わない?」
その青年は、薄くニヤリと微笑んだ。
「!」
「でも、君は信じてるんだ、本の存在を」
「……」
「あの本はね、信じてる人間にしか見つけられないのさ。君は信じてないと装いながら、心の奥では信じているんだ」
……。
「……そうね」
私は不思議と、自然にそう答えていた。
「それで、その本はどこにあるの?」
信じないなど無駄なのだ。今の私にはなぜだかそう思えた。
「ここにある。ただそこまで辿りつけるかは、君次第だ」
「辿りつくってどういうことよ? この中から自分で探せってこと?」
図書館内ざっと見ても相当広い。何十万冊という書籍が保管されているようだ。
「ま……簡単にいうと、そういうことだね」
私は早速……近場の本棚を探そうと思った。思ったが……
「探し出せれば、願いは叶うの?」
彼はなにも答えない。
「なにか……願いを叶えるのに、なにか対価がいるんじゃないの?」
慎重というわけではない、普通の人間なら誰でも疑うことだ。人間にとって奇跡というのは、そういうものだと。
彼は薄く冷ややかに微笑んだ。
「察しがいいね。確かに対価はいるよ。でもそれは……」
「……」
「今は秘密さ」
「!?」
「なにが対価になるか分からない。大したものではないかもしれない、でも途方もないものかもしれない。……ね? 分からない方が、面白いだろう?」
強烈な不安が私にのしかかって来た。対価がなにか分からないはずなのに、奈落の底に落ちるような、不安……
――いいえ。
もう私、自分の心にウソをつきたくない。
「決心は……ついたみたいだね」
「ええ」
「じゃあいってらっしゃい、本探しの旅へ。君が本当に本を見つけられるか、そして、本を開くことができるのか、その答えは旅路の終わりにある」
そう彼が言い終わると同時に、図書館の吹き抜けの天井から、強烈な光が差し込んで来た。
その光はついに、館内全体を覆い尽くした。
私はゆっくりと目を閉じた。
つづく