本日中に手紙の謎を解ければ、本に巡り会える資格者の条件を、満たすということだろうか?

 私はウワサで調べた場所へ、片っ端からおもむいた。

 ついでにすべての教室、施設に入り込んでみたが、当然ながらそんな本はどこにも見当たらなかった。

 イタズラだとしても、もっと複雑で、難解な謎解きなのだろう。

 私はイタズラの問題でさえ、解くことができないのだ。
 私は手紙と自分に、ついには呆れ返り、重い足取りである場所に向かった。
 
***
 
 習慣とは、恐ろしいものだ。
 こんな精神状態で、仕事もないだろうに。
 いや、なにかに没頭して、すべてを忘れたかったのかもしれない。
 
 キィー、バタン……
 
 後ろのドアが、勝手に閉まった。

“バタン”? 図書室のドアは引き戸タイプ、バタンなどと、音が鳴るはずはないのだ。

 後ろを、恐る恐る振り返る。
 

 ドアはなんと、開閉式の大きく重厚な、木製の扉になっていた。

 ――どういうこと?
 
 慌てて私は、室内へ向き直る。
 
  (……)

 今さっきまで、図書室だったはずなのに!?

 確かに私は、学校の図書室に入ったはずだ。なのに私の目の前の情景……ここはまるで、西洋のお城にでもあるような、大きな図書館内だった。
 
 私はフッと、昔ネットで見た、北欧スウェーデンの大型市立図書館を思い出していた。

 天井は吹き抜けており、書館全体は円筒形の構造のようで、外周に三百六十度本を並べた見事な内装だ。

 たしかあの図書館は五十五万冊の蔵書があると聞いたが、ここもそのくらいはあるかもしれない。そのくらい、この図書館の壮大さは圧巻だった。
 

 それにしても、ここは……

 ……ここはどこ?

 私、夢でも見ているのかしら?

 ……というか、夢以外あり得ない。

 ついに取り返しがつかないほど、頭がおかしくなってしまったんじゃ?
 
「ようこそ」
「!?」
「ようこそ、願い叶えの本製作委員会へ」
 
 扉の前にいつの間にか、うちの学校の制服を着た男が一人立っていた。
 全体的に色素が薄く、背のひょろっと高い不思議な感じのする人だった。
 
「あなた、誰? ここは……ここはどこ?」
「ククククク……まるで、記憶喪失にでもなった人みたいだね」
「ふざけないで!」
「手紙を受け取ったんだろう?」
「!? ……この手紙あなたが?」
「パーティーへの招待状さ」
「パーティー?」
「まともじゃないと、思っているのだろう? その手紙も、この場所も。でもさ、願いが叶う本なんて、もっとまともじゃないと思わない?」

 その青年は、薄くニヤリと微笑んだ。

「!」
「でも、君は信じてるんだ、本の存在を」
「し、信じてなんか……」
「信じてるさ。あの本はね、信じてる人間にしか、見つけられないのさ。君は信じてないと装いながら、心の奥では信じているんだ」
 
 相葉君が、文芸部の部室で本を見つけたのは、彼が本当は本の存在を信じていたから?

 自分だって、信じたいから、救われたいから、本のウワサを嗅ぎ回っていたはずだ。
 
「……確かにそうね。……信じているわ。それで、その本はどこにあるの?」
 
 なにを言い出すのだと、常識的なもう一人の自分が、心の中で己の言動に突っ込みをいれる。

 奇跡を信じたいまともでない私は、それを振り切った。
 
「ここにある。ただそこまで辿りつけるかは、君次第だ」
「辿りつくってどういうことよ? この中から、自分で探せってこと?」
 
 私は図書館内ざっと見渡した。見えるところだけでも、かなりの広さだ。奥の方まですべて探すとなったら……軽く何日も掛かるだろう。
 
「ま……簡単にいうと、そういうことだね」
 
 私は早速……近場の本棚を探そうと思った。思ったが……

「探し出せれば、願いは叶うの?」

 彼はなにも答えない。

「なにか……願いを叶えるのに、なにか対価がいるんじゃないの?」

 慎重というわけではない、普通の人間なら誰でも疑うことだ。人間にとって奇跡というのは、そういうものだと。
 
 彼は薄く、冷ややかに微笑んだ。

「察しがいいね。確かに対価はいるよ。でもそれは……」
「……」
「今は秘密さ」
「!?」
「なにが対価になるか分からない。大したものではないかもしれない、でも途方もないものかもしれない。……ね? 分からない方が、面白いだろう?」

 これは……願いと引き換えに、どんなものでも差し出す覚悟はあるのか? と聞いているのだ。

 その条件は、逆に私の迷いを振り切らせた。
“救われる”こと以上に、価値のあるものなど私にはない。
 
「決心は……ついたみたいだね」
「ええ」
「じゃあ、いってらっしゃい、本探しの旅へ。君が本当に本を見つけられるか、そして、本を開くことができるのか、その答えは、旅路の終わりにある」

 そう彼が言い終わると同時に、図書館の吹き抜けの天井から、強烈な光が差し込んで来た。

 その光はついに、館内全体を覆い尽くした。


つづく