「お姉ちゃんが悪いなー」

 多分あれのことだろう。――汐斗を恋人にするのはどう……? と聞いてきたそのことだろう。少し恥ずかしくなったけれど、別に汐斗くんが謝るほどのものでもない。

「うんん、皆で会話できて楽しかったし、別に気にしてないよ」

「そうか。でも、心葉が僕のことをすごい人って言ってくれたのは少し嬉しかったな……」

「……っていうか、汐斗くん、また本、増えてるね」

 私は少しずるいなと思いながらも汐斗くんの言ったことが更に発展するのを少し阻むために、急に話をずらした。流石にこれ以上、その話をされると目に見えるほど恥ずかしくなってくる。逃げるために私はその言葉を言ったが、今いる汐斗くんの部屋の本棚には、前回来たときよりも本が増えていた。前回一番上の棚の空いた部分にはウサギのぬいぐるみが置かれていたが、そのにはまた工芸関係の――染め物についての本が置かれていた。

「あー、そうだな。お小遣いで買った。考えるなとか思うかもしれないけど、もしもの時にお金が余り過ぎてたらもったいないよなーと思って本とか今までも買ってきたんだよ。だけど、こうなるのは望んでたけど、ある意味もったいないことしたな……。でも、何が起こるか分からないからこんな本とかにお金を使ってしまったこと、とりあえず正解ということにしとこう!」

「うん、正解でいいんじゃない。ああいうこともあったから、お金を使いすぎちゃって今、あまりお金を持ってないっていうのはあれだけど、汐斗くんにとってこの本は意味にあるものだったんでしょ?」

「……おー。いいこと言ってくれるな。じゃあ、正解だな」

 確かに、私、今、少しいいことを言った気がする。少し、役立てたような気がする。

 私は、その本棚の中にある、工芸関係の本はあまり見ても分からないので、少しだけある小説を取り出した。少しおかしいのか、それとも読書好き(元だけど)にはあるあるなのか分からないけど、中身をの読むではなく、いくつかの小説の表紙だけをじっくり見ていく。色々なジャンルがあるけれど、特に恋愛系が多い気がする。ボーイミーツガール。少しだけ、私は汐斗くんを見てしまった。私たちの物語はこれから先、どうなるんだろうと。あの時始まった物語はどうやって終わるんだろうと……そう思ってしまう。

「どうした?」

「いや、何でもないよ」

「そういえば、僕、おかげさまで変わることが出来たから、日記とかもこの機会に捨てようかな。小さな闘病日記」

 汐斗くんは自分の机の右引き出しにあった、1枚のノートみたいなやつを取った。そのノートには少し崩れた字で『小さな闘病日記』と少し殴り書きされたように書かれている。

「ねえ、心葉はどう思う? 捨てるべきか、取っておくべきか。僕はもう縁を切るのが正しのかは分からないけど、捨てようかなと……」

「汐斗くんが捨てたいと思うなら、捨てたほうがいいんじゃない。汐斗くんの思う選択――それが私の答えかな」

 私にそれを捨てるべきか取っておくべきか決める権利なんてない。私には知らないことだらけだし、それにその日記への想いが一番あるのは汐斗くんだから。汐斗くんが思った決断が私の答えになるんだ。

「じゃあ、心葉の言った通り、僕の決断でこの日記とは縁を切ろうかな」

「あのさ、じゃあ、もし嫌だったらあれなんだけど、ちょっと見てもいい? もちろん、嫌ならはっきり言ってほしいんだけど」

 私は、単純にこの日記にどういう事が書かれていたのか、私と同じように苦しみを抱えているけれど、どんな風にどう違う苦しみだったのかを知りたいと思った。でも、もちろん見せたくないかもしれないので、そこは考慮してそう聞いた。

「別にいけど……もちろん『小さな闘病日記』だから内容は分かってると思うけど……。そういうのでもいいなら、読んでもいいぞ。でも、責任は取らないからな」

「じゃあ、少し……。失礼します」

 私は汐斗くんからどういう内容が書いてあるか理解した上という条件付きで許可をもらった。なので、その『小さな闘病日記』を開いた。開いた途端、少し昔の匂いが少しした。

 一番最初のページだ。

 今とは少し字の形が違う。

 私は、日付を見て、強い何かを感じてしまう。

 その日記の中に自然と入り込んでしまう。その中に別の世界があるかのように。

『4月5日
 今日から中学3年生! 残りの中学生活を楽しむぞー! と思いたいところだけれど、家に帰ってから体調が悪くなってしまった……。それにいつもと違う感じがする。病院に行ったけど、色々検査されて……もしかしたら悪い病気かも。不安で今日は寝られそうにない。でも、お姉ちゃんが優しく「大丈夫だよ」と励ましてくれた。お姉ちゃん、なんだかんだある人だけど僕を今、一番安心させる人だ』 

 ――中学3年生の4月。

 私と始めは同じだ。私が明日を閉じようとするきっかけになる出来事が始まったのもこの辺りからだった。

 苦しみの種類は違うけれど、同じ時から大きな苦しみを抱えていたんだ。

 私たちは苦しみを抱えて今日まで生きてきたんだ。

「汐斗くん……」

 私は作業している汐斗くんを見る。でも、その声はあまりにも小さい声だったため、届いていない。

 何だよ、そんなときから苦しみを抱えてきたのに、なんで私なんかを気遣かえるんだよ。

 自分だって苦しいはずなのに。どうすればいいのか分からないはずなのに。他の人のことを考えられる余裕なんてないのに。他の人のこと考えすぎたら自分のことを失ってしまうかもしれないのに。

 なんで、私を気遣うことが、苦しみを抱える汐斗くんにできたのに、私は全然汐斗くんを気遣うことができないのか……。同じはずなのに。そんな自分が悔しいし、許せなくなる。

 でも、そんな弱音を吐くと汐斗くんに叱られてしまいそうだから、とりあえずその気持ちを抑えて、私はページをめくっていくことにした。その音が私の耳の中に響く。

『4月12日
 どうやら僕の病気は、あまりいいものではないみたいだ。ダラダラ書くとそれだけで簡単にノートが全て埋まってしまいそうだから短くまとめるけど、どうやら、悪い菌が体の中に入ってしまい、それが増殖しているらしい。それに残念なことにその病気についてはまだ分かってないことが多いらしい。今すぐ僕の命が尽きる可能性は低いけれど、命に関わる自体になるかもしれないこと想定したほうがいいという趣旨のことを言われた。一言で言うなら今の状況は――辛い』

『4月23日
 今日は最近仲良くなった友達何人かと近くのショッピングモールに行った。特に今のところは行動は制限されてないけれど、帰りに少し体調を崩してしまった。お医者さんが前に言っていた症状と被るから、たぶん、これもあの病気のせいなんだろう。少し倒れそうになった時に、友達が「大丈夫?」とか「どうしたの?」とかいう優しく声をかけてくれたり、助けてくれた。皆、ずるい……本当に優しい。僕もそんな人になりたい。誰かに「ずるい、優しいよ」って言われるぐらいの人になりたい。それが今の僕の夢なのかもしれない。そんなのこんな僕にはなれないと思うけど。でも、少し怯えながらこういう楽しいこともやらなきゃいけないのが怖い……楽しみたいのに。今日もまた辛い、辛い……』

 そんなようなものがこの先も続いていた。私の辛さと、汐斗くんの辛さがリンクして余計に苦しくなる。でも、私は今まで知ってあげられなかった汐斗くんを知るために、その辛さに耐えた。頭が少しガンガンしているけれど、それでと私は汐斗くんが自分と向き合ったときの字を瞳に収めていく。この字を書いたときの様子が私はなんとなく見えてきた。どんな自分と汐斗くんが向き合っていたのかということが。

 でも、辛いという文字だけで飾っていないのが、流石だと思う。もちろん、この『小さな闘病日記』の大半を占めるのが辛いということがかかれているけれど、でも、時々楽しいという文字も見ることができた。辛いながらも自分で汐斗くんは楽しさも自分の力で見つけ出していたのだ。辛い中でもできることを見つけていたのだ。私と正反対だ。

『6月15日
 今日は本当に本当に楽しかった! 待ちに待った修学旅行に参加できたぜー! でも、お医者さんに2泊するのは止められているので、1泊だけ……(先生と相談して、皆にはどうしてもはずせない用事があるという設定にしてる。嘘をつくのは少し辛いけど) だけど、全く行けない可能性もあったんだから、そう考えると1泊できただけでも満足じゃん! 皆と色々写真を撮ったり遊んだりして繰り返すけど、本当に楽しかった! この思い出はずっと残ってしまうんだろうな……。たとえ僕に明日がなくとも(あまり考えないほうがいいか)』

 私は、ページを捲るために少しずつ違う匂いがすることに気づいた。どれも違う匂いに錯覚かもしれないけど、感じる。汐斗くんがその時持っていた感情が匂いとなってここにずっとしまわれてるんじゃないだろうか。

 それからも書かれていることを見ていったけれど、あるところで私のページを捲る手が止まった。

『今日は少し不思議な人に出会った。教室に戻ろうとした時、いつもみたいに体調が悪くなっていたのか飲み物を自販機で買い、飲みながら歩いていた頃、急に一瞬だけだったけど、くらっときてしまった。そして、その飲み物を廊下に(かなりの量を)こぼしてしまったんだ。そんな時、トイレを終えて出てきた感じの女の子が何も言うことなく、そのこぼれたところを教室にある雑巾を持ってきて僕よりも早く拭き始めたんだ。そして、いつの間にかまるで時間を戻したかのようになっていた。そんな女の子にお礼を言い、ちょうど持っていたポッキーを渡そうとしたのだけど、「忙しくて食べる時間がないので、お気持ちだけで結構です」とよく分からない回答をして、教室に戻っていったのだ。その女の子のいる教室を覗くと確かに、その女の子は机にいくつもの教材を出し、勉強をしていた。本当に不思議な人だ。でも、そんな不思議な人に僕は何かを感じてしまった。優しさ……? それ以外にも何かがある気がする。もしかしたら、何か今度関わることになるんじゃないかな(それは願望かもな)』

 それ、この少し不思議な人って、私なんじゃないだろうか。この、私。

 確かに、そんな出来事もあったかもしれない。1年のときは違うクラスなので、汐斗くんの名前は知らなかったけれど、確かにこの時見た人と汐斗くんは似ている気もする。あの時の君と。私がトイレに行って勉強を再開させようとした時、何かふらついた感じの人が、廊下に飲み物をこぼしてしまったところを見た。廊下には人がいなかったから、私は無意識に動いた体を頼りに汐斗くんの日記に書いてあるようなことをした気がしなくもない。そんな些細なことで、何か汐斗くんは感じてしまった。そして、今、この日記の通り、関わることになっている。

 私も少し不思議な気持ちになってしまった。私のことも書いてあるなら、自分が未来を閉じようとしてしまった日のことも書いてあるんじゃないか。そう思ってあの日のことが書かれてないか探した。どこかに落とした手紙を探すように。もう少し、前の方にきっと、汐斗くんなら文字という形で綴っているはず。

 ――あった。あの日のことが書くかれている部分が。

 何を汐斗くんは綴ったんだろう。私には直接言わなかった、日記という逃げ場――本音だけで構成されている場所には怒りがあるんだろうか、諦めがあるんだろうか、痛いということが書いてるんだろうか。それを私は知りたいと思った。汐斗くんの本当の心を。

『今日はあるクラスメートと僕の大きな出来事を書きたい。その前に、昨日は眠すぎて書けなかったので、僕の体調の近況報告。昨日病院に行き、いつも通り検査したことろ、少し細菌の数が増えていたみたい。もし、このまま増えたら僕は一体どうなるのか? それはたぶん、言わなくても分かると思うけど、明日を見ることができなくなる。もちろん、まだこのまま増えてくと決まったわけではない。だから、僕はもしものために、後悔しない生き方をしなきゃいけない。
 
 そして次に、冒頭にも書いた、あるクラスメートと僕の大きな出来事を書きたい。一応名前は伏せることにするけど、Cさんは学校の屋上で明日を閉じようとしていた。そんなところを僕は止めた。そしたら、本当に素直に従ってくれた。そして僕はCさんにある約束をした。1ヶ月だけは待ってほしいと。そしたら君の自由にしていいと。普通ならこんな約束しないだろう。それも、たった1ヶ月という。1ヶ月で人の心を変えることができるのか、もしくはその人が変われるのかなんて分からない。でも、この約束は守ってくれる。それだけはCさんの心をみて、自然と分かってしまう。それと、これについても書いておきたい。僕が病気のことを伝えると、もしかしたら少し僕を見る目が変わるのかな、色々しつこく質問されるのかなとか思ったけれど、そんなことはなく、自分のしたことについて謝ってくれた。いい意味で裏切られたけど、それがなんだか嬉しかった。僕は正反対の人だけど、この人と少し人生を創りたい。別に、これが人生の最後になっても後悔はしない』

 私もいい意味で裏切られた。そう感じてくれていたのか。汐斗くんは私と関わりが深くない中でもしっかりと私のことを分かってくれていた。そして、仮にこれで人生が終わってしまったとしても、私と関わることに後悔はないと言ってくれた。

 この先にもたぶん私――Cさんのことがいくつか書かれているのだろう。でも、私は見るのはここまでにした。どんなことが書かれてるのか怖いという理由で開かなかったのではない。むしろ、だいたいどんなことが書かれているのか予想はつく。じゃあ、なんでか。ここまでで知ることは留めておきたかったから。あとは、心で感じたいと思ったから。

「ありがとう」

 私は、その小さな闘病日記を全部は読まず、そこまでで汐斗くん本人に返した。汐斗くんが最初に言った通り、内容はそういうものが多かった。でも、読んだ意味はあると思う。汐斗くんのことが、どういう人間なのかが十分に分かった。

 汐斗くんも苦しいのに……。

 辛いのに……。

「汐斗くんって、ずるい、優しいよね」

「心葉、どうした急に?」

 汐斗くんは覚えてないんだろうか。でも、覚えてないのかもしれない。中学3年生のことだから。昔のことなんて、時々思い出さないと、いつの間にか忘れてしまうんだから。もしかしたら数年経てば私といた日々なんてなかったものになってしまうのかもしれないんだし。でも、汐斗くんは書いていた。――誰かに「ずるい、優しいよ」って言われるぐらいの人になりたい。それが今の僕の夢なのかもしれない。そう、書いていた。だから、私は言ってみた。本当の気持ちと、この言葉は怖いぐらいリンクしていたから。

「いや、ただ思いついただけ」

「そうか……。それよりさ、『小さな闘病日記』を見て、どこか具合が悪くなったり、自分を閉めちゃったりしようとしてない?」

 ほら、言ってるそばから。ずるいぐらい優しい。私が見たいと言って見せてもらったんだから、ある程度は覚悟して読んだから、そこまで気にする必要ないのに。

「それは大丈夫。でもさ、私も一つ言いたいことがある。この日記を見て思ったことを」

「……」

 なぜか、汐斗くんは何も言わなかった。でも、汐斗くんのことだから、うんという意味だろう。

 今から言いたいことは、ある意味マイナスのことだ。決してプラスではない。プラスになんてこの日記を読んで引っ張られない。

 さっきも思ったこと。

 ――何だよ、そんなときから苦しみを抱えてきたのに、なんで私なんかを気遣かえるんだよ。

 私たちは同じような立場だ。ただ、苦しみが何かが違うだけで。明日をどうしたいかというものが正反対なんだけで。苦しみを抱えた時期もほとんど同じ。その苦しみ強さも同じ――いや、汐斗くんの方が何倍も大きかったのかもしれない。私のは、最悪の話、高校を中退すれば済む。でも、汐斗くんは何かをすればその世界から逃け出せるわけではないんだから。それに、いつきてしまうか分からないんだから。
 
「汐斗くん、君はある意味バカだと思う。自分も辛いくせに私のことを気遣ってるし、想ってるし。この日記で十分それは分かったよ。自分の苦しみを知らなさすぎてる。自分のことを分かってなさすぎている。自分を犠牲にしすぎている。自分をもっと苦しめている……。自分だって辛いんでしょ? 苦しいんでしょ? 本当は、正反対の私を見ることなんて普通の人間ならできない。でも。君はそうしてる。だからバカ、なの?」

 私を見てくれている人に対して言う言葉としては、最悪の言葉だと自分でも十分に感じている。汐斗くんに言う言葉じゃないと。酷いのは分かる。でも、言わずにはいられなかった。だけど、私が心を許してしまった彼に――彼だから本音を言いたかった。別にこれで関係が終わってしまったとしても、後悔はない。どんな形で終わるのか分からない私たちの関係においてはこういう風に消滅するのはむしろいいんじゃないか。

 これが、言いたかった。私の大切な人だからこそ言いたかった。

「……そうか、僕はバカか。そうだな、うん」

 少しの沈黙の後、そう喋った。汐斗くんの言葉からどんな感情を持ってるのかなんて、私には分からなかった。ただ、何か言いたいことがあった……それだけは分かった。

「確かに、僕は辛かったよ。この2、3年間辛かったよ。本当に辛かったよ。たぶん、心葉が思ってる以上に辛いときもあったと思う。色々な治療に分からないぐらい辛かったときもあると思う。普通なら、僕は心葉を気遣うことはできない。でも、心葉ならって思った。正反対だけど苦しみを抱えることに人なら、僕のことも分かってくれると思った。お互いにその世界を生きていけると思った。だから、自分のためでもあった。それに、心葉ならと思った理由がもう一つある。心葉は明日を閉じようとしてるけれど、心葉の心そのものは温かいって知ってたし、感じてたから。だから……そんな人の力になりたかったから。それが僕のできることであり、大切な命を届けてくれた人たちへのお礼になると思ったから」

 ゆっくりと、まるでスローモーションのように、私の見える景色が少しずつ、かすれていく。汐斗くんの顔がぼやけてくる。でも、汐斗くんの瞳からも輝くものが落ちてきた……私には分かる。

 どちらも、心が反応してしまったんだ。

 水溜りを作るようなものを自分で作り出してしまったんだ。

 この世界をゆっくりと水の世界に変えてしまったんだ。

 ――私たちの心を反映させた、涙。

「今日、僕、嬉しいことがあったはずなのに、何で泣いてるんだろう。本当だったら、ここで笑っているはずなのに。心葉をここにつけてきた理由は、2人で笑いあいたかったからなのに。君が明日を懸命に創ってくれたから、僕はこうなれたんだよって、お礼を言いたかったからなのに……なんで泣いてるんだろう。計画が潰れちゃったじゃん……」

 私も、何で泣いているんだろう。汐斗くんの病気が完治に向かっているんだから、一緒に喜ばなきゃいけないはずなのに。笑わなきゃいけないはずなのに。楽しまなきゃいけないはずなのに。ここまで、本当にお疲れ様と言わなきゃいけないはずなのに。友達として、いや、親友として――私たちの関係をどういう言葉で表せばいいのかは分からないけれど、それが役目なはずなのに。おかしいじゃん、私。

 でも、私は逆に汐斗くんを泣かせてしまった。

 見たくもない姿を見てしまったし、見せてしまった。

 このことをなかったことにしたいのか……でも、私は覚悟を決めて、汐斗くん伝えたはずだ。だから、それはないと思う。

 じゃあ、私は、今、汐斗くんとどうしたいんだろうか。

 どうやって、この世界を創りたいんだろうか。

 たった1人の汐斗くんとどうやって歩んでいきたいんだろうか。

「ごめん、泣かせちゃって」

 私は、謝った。まだ泣いていたいけれど、その涙を止めた。でも、完全には止まらない。どこかがそれを拒否している。

 私の感情は自分ではコントロールできないみたいだ。

「おい、謝るなよ。もっと僕を辛くさせる気かよ。別に、計画なんて、潰れたっていいんだよ。それに、今日はいいことがあったとしても、必ずしも楽しいことだけで終わらせる必要はないんだよ。それよりも、大事なものをお互い見つけられたから。でも、泣いてばかりいても楽しくないだろ。まだ、1ヶ月は終わってないぞ。今度さ、どこか行こう。最後に、君とどこかに行きたいな。そしたら、君の自由だよ。好きに生きてくれ、君の人生だ」

「うん、私も行きたい」

 私の涙はこの言葉により、いつの間にか止まっていた。汐斗くんの涙も止まっていた。

 何かが涙を止まらした。

 それが何かは私には分からない。

 でも、汐斗くんの言葉、少し嫌なことがあった。

 最後という言葉を使っかったこと。

 1ヶ月がもうすぐ終わってしまうこと。

 それが、少し嫌だった。

 でも、それより汐斗くんが私と、どこかに行きたいと言ってくれたことは素直に嬉しかった。どんなことよりも、今、求めていたのかもしれない。