あれから半年、世界は徐々に崩壊病によって蝕まれていた。それでも他人には感染しないという点と、患者の絶対数が少ないという点で、ギリギリパニックにはならずにいた。当然、俺達制星教会の存在も知られていない。
この半年間で何十件もの任務に挑み、救えたのはそのうち何件だったろう?
俺たちは半年前の新人の頃のように、任務に失敗するたびに過去を悔んだりはしなくなった。
これを成長とは呼びたくない。
これは劣化だ。人としての大事な機能が失われていってる気がした。
あの日、半年前の森林公園の件を皮切りに、星の使徒達は、一度出現したら自身が消滅させられるまで、周囲の人間を崩壊させるようになっていった。
それに伴い、俺達制星教会の実働部隊の人数も増えていった。人数が増えたことで、最初に狙われた人間は救えなくても、その後の星の使徒の無差別な崩壊から人々を守ること自体は可能になった。
「しかしそうなると、どういう理由だ?」
「急にどうしたの? いきなり独り言を始めないでよ」
俺たちは今、任務を終えて制星教会に戻る途中だった。真姫は急に話し始めた俺を不審に思ったらしい。
「いや最近、星の使徒は現れたら最初に狙った人以外は無差別だろ?」
「そうね。確かにそう」
「だからさ、最初に星の使徒に狙われる人って、どういう条件で選ばれてるんだろう?」
ここ半年間で一番疑問だったのはそこだ。
アイツらに狙われている人の条件……別に今に始まった話ではない。ここ半年より以前から、ぼんやりと不思議だったのだ。星の使徒に狙われる人の条件。それさえ分かれば、被害者を大きく減らせるはずだ。
「それについては教会の人間に聞くしかないわね」
真姫の言葉とともに、俺はハンドルを切る。
もう時刻は深夜。時計を見れば、短針は一時を指している。
岬町の街明かりは、相変わらず煌々と高層ビルが立ち並ぶ通りを照らすが、その反面出歩いている人の数は少なかった。時間帯を考えれば当然か? 深夜一時にぶらつく人なんて滅多にいないだろう。
「ふぁ~」
真姫がとなりで眠そうに体を伸ばす。
仕方のないことだが、こんな時間に出現しないで欲しいものだ。
「ただいま戻りました」
俺たちが四階の崩星対策室に到着した頃には、桐ヶ谷を除いて誰もいなかった。というより桐ヶ谷はここ最近ずっといる気がする。ちゃんと寝てるのか?
「おお、深夜にお疲れさん」
桐ヶ谷は眠そうな眼をこすりながら何かの資料と睨めっこしている。
「何を読んでるんです?」
俺たちはあまりにも桐ヶ谷が真剣に読んでいるのが気になり、彼の背後に回り込む。
「うーん、お前達なら良いか。もう色々話した後だし」
桐ヶ谷の言う色々とは、隣のビルの研究室でのことだろう。
あの日見聞きした事は、外部にはもちろん、内部の仲間にも話していない。他の実働部隊の面々は、俺たちとは違い、崩壊病がなんなのかは勿論、実は星の寿命が尽きかけていることも知らない。
「喜ばしいことに、今年は適合者が多そうという知らせだ」
桐ヶ谷は複雑な顔をして話す。
俺達実働部隊の人数が増えるのは勿論ありがたいことだが、ここ半年で正人の他にも数人殉職者が出ている。
原因はやっぱり星の使徒の動きが変わったからだ。
前までは、仮に狙われた人の救出に間に合わなくても、そのまま星の使徒は誰も襲わず緩やかに消滅していった。しかしここ半年は違う。一人目を崩壊させた後、次に狙われるのは一番近くにいる人間、つまり俺達実働部隊の人間だ。
先日も一人亡くなった。亡くなった隊員、星野さんはあまり話したことも無かったが、それでもショックだった。話したことは無くとも、顔ぐらいは見たことがあるし、何より星野さんは荒木の友人だった。
それ以来、荒木、姫路ペアは無期限の活動停止となっている。
荒木にとってみれば、ここ一年以内で正人と星野さん、二人の友人を星の使徒に殺されたことになる。
それもあって、桐ヶ谷は複雑な顔をしているのだ。
適合者が多いということは、それだけスカウトがしやすくなる。しかしその分、不慣れな素人を星の使徒と対面させるということにも繋がる。
今ここで対処している実働部隊の面々は、俺も含めて半年以上は経験してきた者ばかり。それも、星の使徒が無差別に近くの人間に襲いかかり始める前、ターゲットを崩壊させたらそのまま消える時代。俺たちにはある種、星の使徒という存在に慣れる期間があった。
しかし今は違う。ここ半年で俺達実働部隊は、諦めることが出来なくなった。間に合わなければ傍観しても勝手に消えてくれた星の使徒はもういない。今俺たちの前に姿を現すアイツらは、殺さない限りずっと存在し続ける。
そんなアイツらに対して、新人を教育しながら戦うのは無理だ。
死亡率も格段に上がってしまう。
「不安ですね……」
俺は桐ヶ谷が複雑な顔をするのにも頷けた。
ちなみに適合者の判断は、中学校の身体検査で採血をすることで判別可能になる。
その採取した血液を、崩壊病被害者の遺体に混ぜる事で、適合者かどうかが分かるらしい。
俺がそれを桐ヶ谷から聞いた時、思わず彼に怒鳴ってしまったのを憶えている。
遺体を弾丸にしたり、適合者の判別に使ったり、無念の死を遂げた人の肉体を、便利に利用している感じがして許せなかった。
そんな俺の気持ちを理解しているのか、桐ヶ谷は何も言い返して来なかった。
「ああ。新人の教育をどうしようかと悩んでいるんだ」
桐ヶ谷はそう言って頭を抱える。
一応国の機密機関ということもあり、資金は割と潤沢にある。そのため教育にも相当なお金がつぎ込まれていて、自衛隊でも採用されているシュミレーターなども用いられている。
頭にヘルメットのような機械を装着して、まるでその場に星の使徒が存在しているかのような臨場感を味わえる学習装置だが、やはり実際に目にするのとでは、その緊迫感に雲泥の差がある。
「お前たちはもう休め。これを考えるのは俺の仕事だ」
桐ヶ谷はそう言って俺たちを待機室に押し込む。何か言おうとも思ったが、正直眠いし体力もほとんど残っていない。真姫なんてうつらうつらしている。
「分かりました。お疲れ様です」
俺たちはありがたく桐ヶ谷の提案に乗り、待機室に入り込む。俺と真姫はせっせと報告書を作成する。
まもなく完成というタイミングで、部屋のドアがノックされる。
桐ヶ谷か? 珍しいな?
「はい。今開けます」
俺は不思議に思いながらもドアをゆっくりと開ける。
「悪いな急に。ついさっき本部から連絡が来て……後で各実働部隊にはメールで伝えるが」
そう焦り気味に話す彼の顔を見て、絶対に良い知らせではないだろうと思いながら耳を傾ける。
「星の使徒達が狙う人間のパターンが分かった。狙われているのは、星の寿命を人より多く使用している人間だ」
桐ヶ谷の声は緊張感に満ちていた。
この半年間で何十件もの任務に挑み、救えたのはそのうち何件だったろう?
俺たちは半年前の新人の頃のように、任務に失敗するたびに過去を悔んだりはしなくなった。
これを成長とは呼びたくない。
これは劣化だ。人としての大事な機能が失われていってる気がした。
あの日、半年前の森林公園の件を皮切りに、星の使徒達は、一度出現したら自身が消滅させられるまで、周囲の人間を崩壊させるようになっていった。
それに伴い、俺達制星教会の実働部隊の人数も増えていった。人数が増えたことで、最初に狙われた人間は救えなくても、その後の星の使徒の無差別な崩壊から人々を守ること自体は可能になった。
「しかしそうなると、どういう理由だ?」
「急にどうしたの? いきなり独り言を始めないでよ」
俺たちは今、任務を終えて制星教会に戻る途中だった。真姫は急に話し始めた俺を不審に思ったらしい。
「いや最近、星の使徒は現れたら最初に狙った人以外は無差別だろ?」
「そうね。確かにそう」
「だからさ、最初に星の使徒に狙われる人って、どういう条件で選ばれてるんだろう?」
ここ半年間で一番疑問だったのはそこだ。
アイツらに狙われている人の条件……別に今に始まった話ではない。ここ半年より以前から、ぼんやりと不思議だったのだ。星の使徒に狙われる人の条件。それさえ分かれば、被害者を大きく減らせるはずだ。
「それについては教会の人間に聞くしかないわね」
真姫の言葉とともに、俺はハンドルを切る。
もう時刻は深夜。時計を見れば、短針は一時を指している。
岬町の街明かりは、相変わらず煌々と高層ビルが立ち並ぶ通りを照らすが、その反面出歩いている人の数は少なかった。時間帯を考えれば当然か? 深夜一時にぶらつく人なんて滅多にいないだろう。
「ふぁ~」
真姫がとなりで眠そうに体を伸ばす。
仕方のないことだが、こんな時間に出現しないで欲しいものだ。
「ただいま戻りました」
俺たちが四階の崩星対策室に到着した頃には、桐ヶ谷を除いて誰もいなかった。というより桐ヶ谷はここ最近ずっといる気がする。ちゃんと寝てるのか?
「おお、深夜にお疲れさん」
桐ヶ谷は眠そうな眼をこすりながら何かの資料と睨めっこしている。
「何を読んでるんです?」
俺たちはあまりにも桐ヶ谷が真剣に読んでいるのが気になり、彼の背後に回り込む。
「うーん、お前達なら良いか。もう色々話した後だし」
桐ヶ谷の言う色々とは、隣のビルの研究室でのことだろう。
あの日見聞きした事は、外部にはもちろん、内部の仲間にも話していない。他の実働部隊の面々は、俺たちとは違い、崩壊病がなんなのかは勿論、実は星の寿命が尽きかけていることも知らない。
「喜ばしいことに、今年は適合者が多そうという知らせだ」
桐ヶ谷は複雑な顔をして話す。
俺達実働部隊の人数が増えるのは勿論ありがたいことだが、ここ半年で正人の他にも数人殉職者が出ている。
原因はやっぱり星の使徒の動きが変わったからだ。
前までは、仮に狙われた人の救出に間に合わなくても、そのまま星の使徒は誰も襲わず緩やかに消滅していった。しかしここ半年は違う。一人目を崩壊させた後、次に狙われるのは一番近くにいる人間、つまり俺達実働部隊の人間だ。
先日も一人亡くなった。亡くなった隊員、星野さんはあまり話したことも無かったが、それでもショックだった。話したことは無くとも、顔ぐらいは見たことがあるし、何より星野さんは荒木の友人だった。
それ以来、荒木、姫路ペアは無期限の活動停止となっている。
荒木にとってみれば、ここ一年以内で正人と星野さん、二人の友人を星の使徒に殺されたことになる。
それもあって、桐ヶ谷は複雑な顔をしているのだ。
適合者が多いということは、それだけスカウトがしやすくなる。しかしその分、不慣れな素人を星の使徒と対面させるということにも繋がる。
今ここで対処している実働部隊の面々は、俺も含めて半年以上は経験してきた者ばかり。それも、星の使徒が無差別に近くの人間に襲いかかり始める前、ターゲットを崩壊させたらそのまま消える時代。俺たちにはある種、星の使徒という存在に慣れる期間があった。
しかし今は違う。ここ半年で俺達実働部隊は、諦めることが出来なくなった。間に合わなければ傍観しても勝手に消えてくれた星の使徒はもういない。今俺たちの前に姿を現すアイツらは、殺さない限りずっと存在し続ける。
そんなアイツらに対して、新人を教育しながら戦うのは無理だ。
死亡率も格段に上がってしまう。
「不安ですね……」
俺は桐ヶ谷が複雑な顔をするのにも頷けた。
ちなみに適合者の判断は、中学校の身体検査で採血をすることで判別可能になる。
その採取した血液を、崩壊病被害者の遺体に混ぜる事で、適合者かどうかが分かるらしい。
俺がそれを桐ヶ谷から聞いた時、思わず彼に怒鳴ってしまったのを憶えている。
遺体を弾丸にしたり、適合者の判別に使ったり、無念の死を遂げた人の肉体を、便利に利用している感じがして許せなかった。
そんな俺の気持ちを理解しているのか、桐ヶ谷は何も言い返して来なかった。
「ああ。新人の教育をどうしようかと悩んでいるんだ」
桐ヶ谷はそう言って頭を抱える。
一応国の機密機関ということもあり、資金は割と潤沢にある。そのため教育にも相当なお金がつぎ込まれていて、自衛隊でも採用されているシュミレーターなども用いられている。
頭にヘルメットのような機械を装着して、まるでその場に星の使徒が存在しているかのような臨場感を味わえる学習装置だが、やはり実際に目にするのとでは、その緊迫感に雲泥の差がある。
「お前たちはもう休め。これを考えるのは俺の仕事だ」
桐ヶ谷はそう言って俺たちを待機室に押し込む。何か言おうとも思ったが、正直眠いし体力もほとんど残っていない。真姫なんてうつらうつらしている。
「分かりました。お疲れ様です」
俺たちはありがたく桐ヶ谷の提案に乗り、待機室に入り込む。俺と真姫はせっせと報告書を作成する。
まもなく完成というタイミングで、部屋のドアがノックされる。
桐ヶ谷か? 珍しいな?
「はい。今開けます」
俺は不思議に思いながらもドアをゆっくりと開ける。
「悪いな急に。ついさっき本部から連絡が来て……後で各実働部隊にはメールで伝えるが」
そう焦り気味に話す彼の顔を見て、絶対に良い知らせではないだろうと思いながら耳を傾ける。
「星の使徒達が狙う人間のパターンが分かった。狙われているのは、星の寿命を人より多く使用している人間だ」
桐ヶ谷の声は緊張感に満ちていた。