遺体回収車が向かった先は、制星教会に隣接しているIT系の会社が入っているビルだった。

 俺たちは一定の距離を空けて尾行する。

 俺たちの車はよくあるその辺の乗用車、顔さえ見られなければ尾行に気づかれることは無いだろう。

「まさか隣のビルだったとはね」

 真姫がやや身をかがめて、窓から遺体回収車を見張る。

「あそこ、裏から入っていった」

 真姫の指さす先は、ビルの正面玄関ではなく、裏口の搬入路だった。

 見るからに怪しい。

 遺体を、こんな医療系とは関係のなさそうな所に持ってきている時点で充分すぎるほど怪しいのだ。そのうえ裏口からコソコソと入っていくなど、何かを隠してますと言っている様なもの。

 そのまま車を寄せて見張っていると、遺体回収車から出てきたスタッフの手には、楕円形のカプセルのような形状のバッグ。大きさは赤子ぐらいだろうか? 確かにあのサイズならそこまで怪しまれない。

 崩壊病患者だからこそ可能な運搬方法だ。体が崩れているから、人の大きさでは無くなっているのだ。

「どうする?」

 真姫は窓から目を離し、俺の方を見る。

 ビルの裏口を見ている限り、怪しまれない様になのか、警備は存在しない。

 まるで何事もなかったかのように、カプセル状のバッグを持ったスタッフ二名はビルの中に入っていった。

「追うぞ」

 俺の号令とともに急いで車から降り、ビルの裏口へ向かう。

 こちらも怪しまれない様に、平然と小走りで裏口まで接近すると、入り口から顔だけ出して中を伺う。

 中はシンプルな白壁に、LEDライトが輝く一本道の廊下となっている。そして廊下のちょうど真ん中にあるエレベーターの前で、例のスタッフ二名が立っていた。 

 そのまましばらく待ち、スタッフ二名がエレベーターに乗り込んだのを確認して、猛ダッシュでエレベーター前まで行き、階数を睨む。

 隣の制星教会のビルと同じ高さなのか、エレベーターは一回も止まることなく十五階で停止した。

「行ってみる?」

 真姫は神妙な顔で俺にふる。

 彼女も分かっている。

 ここから先は誤魔化しが効かない。見つかった場合、言い逃れが出来ない。このエレベーターに乗ってしまったら最期、誰かに見つかればなんとも弁明のしようがない。

 制星教会を怪しんでいなければ、普通辿り着かないところまで来てしまっている。

「ここまで来て引き返すなんて選択肢は無いだろ?」

 俺は意を決してボタンを押す。

 やって来たエレベーターに乗り込み、最上階である十五階を目指す。

「ついたら慎重にな」

 真姫は黙って頷く。

 心なしか少し緊張しているようにも見える。

 まあ真姫は優等生で通ってたから、ダメと言われてることをすることに慣れていないんだろう。

 エレベーターの扉が開き、俺たちはゆっくりと十五階のフロアに降り立つ。

 十五階は想像とはかけ離れた空間だった。

 エレベーターホールはまだビルの一部と言われれば納得できるが、問題はその先だ。

 このスペースから左右に通路が分かれている。

 その左右の通路には、ありとあらゆる形の瓶に浜辺の砂のようなものが詰まっていて、それらが綺麗に陳列されていた。

 不気味に思いながらも、俺は黙って右の通路を指さし進む。

 出来るだけ音をたてないように進んでいくと、長い通路の先に何かの実験室のような部屋を発見した。実験室の壁は上半分がガラス張りとなっていて、外から中が窺えるようになっている。

 俺たちはお互いの顔を見て頷くと、しゃがみ込み、そのままの体勢で実験室の壁に近づき耳を当てる。

 さっきこの部屋を遠目から見た際、中に白衣を着た人が数人話し込んでいるように見えた。

 なので話し声ぐらいは聞こえるかと期待したが、話し声どころか物音一つ聞こえやしない。

「何も聞こえないな。相当な防音部屋だぞこれ。カラオケボックスなんて比較にならない。もう慎重に覗くしかないな」

 俺は小声で真姫に提案する。

「じゃあ二人で一斉に片目だけで覗きましょう」

「そうしよう」

 真姫の提案にのって、俺たちは体と顔を傾け、片目だけをガラス部分に上げる。一種の賭けだ。気づかれる可能性もあるが、ここまで来て何の情報も得られないのでは、リスクを負った意味がない。

 そしてそっと覗き込んだ俺たちは、そのまま固まってしまった。

 中では、さきほど楕円形のバッグを持った二人がバッグを開け、中から先ほど森林公園のトイレで亡くなった女性の遺体を取り出していた。もう崩壊が進み、ほとんど粉になっている。

 その遺体を彼らはミキサーのような機械に投入していた。

「なんだ……それ」

 俺は無意識に呟いた。

 あんなことあり得るのか? アイツらは被害者の遺体をミキサーのような機械に入れ、蓋をしてスイッチを入れる。

 すると部屋中に閃光が走り、光が一瞬さらに強く輝いたかと思うと、光の収まりと同時に今度はミキサーのような機械から白い煙が立ち昇る。

「見て!」

 真姫は酷く顔を歪ませる。

 それもそのはず。白衣の男たちが機械の蓋を開けると、今度は金属の窪みに中身を移していく。中にあった遺体は液体となっていて、金属の窪みに注がれていく。

「おいおい嘘だろ?」

 あれってまさか……

「何が嘘なんだ?」

 俺は背筋が凍った。

 背後から聞こえた声に恐る恐る振り向くと、そこには桐ヶ谷が腕組をして立っていた。

「どうして、ここに……」

 俺と真姫はショックで動けないままだった。

 どうしてこの場所にいるとバレた? 今まで制星教会に戻った時だって、顔を合わせていない時などいくらでもあった。特別怪しまれるようなマネは……

「とりあえずここから出るぞ。ここにいるのが見つかったら、お前達はただでは済まないからな」

 俺たちは、エレベーターホールに向かう桐ヶ谷に続いて部屋を離れる。

「こっちだ」

 桐ヶ谷は、俺たちが進んでいった通路の反対側に向って進んでいく。

 桐ヶ谷があいだにあったセキュリティーを自身のカードで解除し、通路の突き当りのドアを開けると、そこはどこかの社長室のような内装の部屋だった。

「会長がいなくて良かった。いたら一発でアウトだった」

 桐ヶ谷は恐ろしいことを口にし、俺達を十四階の医務室まで連れてきた。

 さっきの通路はどうやら制星教会のビルとの連絡路になっていたらしい。そしてさっきの社長室みたいなところが、制星教会の会長室のようだった。

「さてと」

 桐ヶ谷は椅子に座り、腕を組む。

「お前たちはどうしてあそこにいた?」

 桐ヶ谷は怒っているようにも見えたが、口調は特別怒っている風には聞こえなかった。

「任務で失敗するたびに発生するあの遺体をどうするのか気になったんです」

「なんでまたそんな事を気にする?」

「いつも妙に急いでいるように見えたからです。現場処理班が残っているのに、わざわざ別車両で現場に来て、遺体だけ集めてすぐにいなくなる。だから尾行して……」

 桐ヶ谷の質問に答えた真姫の声は段々と小さくなる。彼女の説明を聞いた桐ヶ谷は頭を抱える。

「良いか? たまたま姫路が、お前たちがあのビルに入っていくのを見たと俺に報告してきたから良かったものの、そうじゃなければ今頃お前達は消されているかも知れないんだぞ?」

 姫路が俺たちを見ていた? たまたま? それにさっき消されるって言ったか? 消される? この現代日本において消される? そんなことあり得ない!

「消されるってどういう意味ですか!」

 俺は食ってかかる。

 今のご時世に消されるなんてあってはならない。そんなことを国の機密機関がやって良いわけがない。

「…………はぁ、分かった。ここまで見てしまったのなら、正直に話そう。崩壊病とは何か、そしてあの患者の遺体は何に使われているのか、そして、今人類が直面している危機について」

 桐ヶ谷は、今まで見てきた中でもっとも真剣な表情を浮かべていた。