制星教会の待機室で真姫に膝枕をされた翌日、俺たちは岬町を二人そろって歩いていた。この日は真姫に誘われて、近所にオープンしたばかりのカフェに向かっていたのだが、生憎と端末が鳴り出した。

「また星の使徒?」

「ああ」

 俺たちが行かなければ助からない命がある。そう思い、急いで目標地点を確認する。

 制星教会が行う、俺たち実働部隊が出動するこの任務だが、俺達ペアに限らず、全体の成功率は四十パーセント切っている。ハッキリ言って成功率はかなり低い。ここで言う成功率とは、星の使徒に狙われた者の命が助かったケースを指す。

「目的地は?」

「この通りの先を抜けた、街外れにある森林公園の中だ」

 俺たちは急いで車に乗り込み、アクセルを吹かす。森林公園までここから三十分ほど。間に合うだろうか?

「嘘!? 流石に遠くない?」

「行くしかない!」

 俺たちの端末に連絡が来る時、星の使徒はまだ現れてはいない。全国各地に設置されている電信柱に細工を施し、奴らが現れる際の微弱な電気信号をキャッチして、一番近くにいるペアに通知がいく。

 車で三十分はおそらく間に合わない。しかし狙われた人が上手いこと逃げて時間を稼いでくれれば、助けられる可能性はある。

 星の使徒は俺たち制星教会のメンバーか、実際に狙われた者しかみることは出来ない。つまり狙われた人だけは、一般人でも敵を認識して逃げるという選択が出来るのだ。

 俺は全力で車を飛ばし、平日の昼間ですいている道をガンガン進んでいく。

 制星教会のこの活動は諦めから始まったものだ。制星教会の本体は、あくまで研究機関。人命救助が目的ではない。

 おそらく真姫も説明を受けたと思うが、適合手術を受ける前に必ず言われるのは「ダメで元々だから間に合わなくても気にするな」という一言だ。

 最初は何を言ってるのか分からなかったが、今では割としっくりくる言葉だった。

 なにせ制星教会に入れる適合者が極端に少なく、俺が所属している教会を含めても、日本全国に百名程しか実働部隊は存在していない。たったそれだけの人数で、日本全国にランダムに出現する星の使徒の処理は不可能だ。

 そして失敗すればするほど、俺達実働部隊のメンタルは摩耗していく。削れていく、崩れていく。ただでさえ少ない適合者が辞めてしまわないように、ああいう言葉をかけるのだ。

 それが今となっては良く理解できる。数か月この仕事をしてみて分かった。ダメで元々と思わなければやってられない。まともに向き合うと続かない。それは真姫も二か月一緒にやってきて理解したと思う。

 ちょっと肩の力を抜くぐらいでないと、こっちが壊れてしまう……

「ここからは走るぞ!」

「うん!」

 俺たちは森林公園の入り口に車を止めて走りだす。公園内に車が走れるような道が無いのだ。

 俺と真姫は走りながら、星の使徒が出現している場所をぼんやりと認識する。ここからそう遠くない。

 樹木のツタで出来たフェンスに挟まれた砂利道をひた走る。

「あの噴水の向こう!」

 正面奥に、植物を利用したアートチックな噴水が見える。

 間に合え、間に合え、間に合え!

 今でも星の使徒の反応があるということは、まだ狙われた人は無事だという事。アイツらは一回の出現で一人を崩壊させる。だからまだ間に合うはずなんだ!

「いた!」

 真姫が俺より先に星の使徒を視認する。

 相変わらず表情のない青白い人型の化け物。

 星の使徒は、森林公園の中央にある噴水広場のトイレ付近に立っている。俺たちは近くの石垣の陰に隠れ様子を伺う。

「被害者は?」

 俺は辺りを見渡すが人の姿が見えない。真姫も懸命に目を凝らすがやはり見当たらない。

「ねえ……もしかして」

 真姫は顔をトイレに向ける。

 俺もそう思っていた。もし自分が得体のしれない化け物に襲われた時、逃げる先に選ぶのはどこかの建物の中だろう。絶対にどこか身を隠せる所を探すはずだ。

「あのトイレの中か……」

 俺はホルスターから拳銃を抜き、安全装置を外して構える。

「俺がアイツを惹きつけるから、その隙に中を確認してくれ。もうじき現場処理班もくるはずだ」

「分かったわ! 無茶しないでよ?」

「そっちこそ」

 そう言って俺は石垣の陰から飛び出し、星の使徒に発砲する。銃弾を受けた星の使徒は緩慢な動きではあるが、俺を認識して迫ってくる。

 ここで俺に興味を持つということは、まだ誰も崩壊病にはなっていないという事。つまり任務成功だ! 後はこのままコイツを消してしまえば……

 そう思った矢先、トイレに向った真姫が星の使徒の背後から拳銃を構える。

 よく見ると、真姫の顔は濡れていた。噴水の水ではない。あきらかに彼女の両目から流れている。

 もしかして間に合わなかったのか?

「クソ!」

 俺の声を合図に、星の使徒の前後から挟み込むように銃弾を浴びせる。ある程度打ち込めばやがて消えていくはずだ。

 装填されていた弾丸を全て使い切った頃、ようやく星の使徒は消えていった。

「真姫! どうした!」

 俺は急いで真姫の元へ走る。

「間に合わなかった……トイレの中で私ぐらいの女性が……」

 真姫はいつもそうだ。

 頭では間に合わないことのほうが多いと分かっていても、感情を乗せてしまう。

 俺も真姫も、自分達ではどうにも出来ない場合がほとんどだということは分かっている。

 だけどそう分かっていても、そう簡単に割り切れるものではない。

 トイレの中に入り、個室の中で恐怖に身を丸めたまま崩れていく女性を見た時、俺はそれを再確認した。


 俺はそのままトボトボとトイレから出る。しばらくすると、数人の足音が聞こえてきた。

 現場処理の人達だろう。

 案の定現れた現場処理班のリーダーが俺に話しかける。

「錦暮人、小西真姫の両名はこのまま真っすぐ本部に帰還してください。後は我々が引き継ぎます」

 何度も聞いた同じ台詞。救出が成功しようが失敗しようが、一字一句違わない。まるでそれ以外を許さないかのような圧で、毎度俺たちにそれを告げる。彼らのあの文言も、マニュアルで決まっているのだろう。

「分かってるさ。行こう真姫」

 俺はさっきよりは落ち着いた真姫の背中を押し、車まで戻る。

 車までの道中、会話は無い。噴水の音と、ただ風が木々を揺らす音のみがこの場に響く。


 あの時、俺が対峙した時には、すでにあの女性は崩壊病に罹っていた。

 どういうわけだ? 

 アイツらは誰かを崩壊させてしまえば、そのまま消えるはずだろ? なんで迫ってきた?

 俺が攻撃したからか? 俺がアイツを敵として認識したからか? 

 様々な考えが頭をよぎる中、俺たちの車の隣に止められた軽自動車に目が行く。

「あれは……」

「遺体回収車?」

 真姫が久しぶりに口を開く。

 確かに現場処理班が来る際によく見かける軽だ。そしてもう少し奥にはハイエースが止まっている。大きさ的にあのハイエースが、現場処理班が使う車両だろう。

「少し離れて後をつけるぞ」

 俺は真姫の耳元でそう呟いた。