「なんで? 何かあったの?」

「いいから! 家に戻って荷物を纏めよう!」

「ちょっと!!」

 俺は何も分からない真姫を急かして家に引き返す。説明は後だ。今はあいつに見つかる前に、ここを出ることを考えないといけない。

 そうして砂利道を急ぎ足で進む俺達の進行方向に、突如一人の男が現れる。顔を見て、血の気が引いていく。コイツも俺達の存在に気づいていたのか。

「どうして……」

「どうして? そんなの決まってるだろう? お前達がここにいるからだ」

 そう宣言するのは、制星教会岬町支部のメンバー、荒木啓二。先輩であり、正人の友人であり、何度も衝突した男。同僚やパートナーを崩壊病で何人も亡くして気が触れてしまった人。

「荒木さん……」

 真姫はそれっきり言葉を失う。

 それにしても早すぎる。俺が荒木の横顔を見てからそんなに時間は経っていない。どうやって俺達を見つけた?

「どうした暮人。随分と不思議そうな面じゃないか」

「流石にこの村に来てから、俺達を見つけるのが早すぎると思ってね」

 俺は荒木の疑問に答えた。向こうから話してくれるなら都合がいい。どんなカラクリだ? この小さな農村には当然、町中に監視カメラなんてものはない。仮に村人に聞いて俺達を探しているなら、家に行くはずだ。こんな道の途中で、俺達の居場所をピンポイントで見つけられるはずがない。

「ああ~そういうことか。簡単だよ暮人、真姫。これを覚えているか?」

 荒木がそう言って掲げたのは制星教会から支給される端末だった。あれには携帯電話としての機能の他に、近くに星の使徒が出現した際に連絡が行くようになっている。当然GPSもあるので、俺達が持っていたあの端末は、俺が変異種になった山の中に捨ててある。

「それでどうやって見つけた?」

「ははは」

 俺の問いに荒木は静かに笑う。乾いた笑いがこちらまで転がってきた。

「何が可笑しい?」

「いやいやすまない。余りにも滑稽でね。お前達はこの端末の指示に従い、星の使徒を発見して対処してきた。それが今はどうだい? この端末に発見されて対処される側にいるなんて、笑うしかないだろ!」

 荒木はさっきの乾いた笑いとは違い、盛大に笑いだした。ゲラゲラと腹を抱えて、気持ちよさそうに、悲しそうに笑う。彼の目からは、笑い泣きで出る涙とは違った涙が滴る。荒木の顔は半年前と変わらず、どこかおかしなままだった。

「それって……私達がそこに星の使徒として反応してるってこと?」

 真姫は確認を取る。思い当たる節はある。それは半年前の、あの冬の山中でのことだ。真姫が怒りのあまり星の使徒と同様の触手を出現させて、俺達を追ってきた制星教会の連中を全て崩壊させてしまった。あれは彼女の怒りがトリガーとなって起きたことだが、裏を返せばそれだけなのだ。

 普通の人間は自身の怒りだけで、あんな触手は出せない。つまり俺と真姫のような変異種は、半分星の使徒と同じかも知れないということだ。そうであればあの端末で、俺達が星の使徒と表示されてしまっても不思議ではない。

「ああそうだ。お前達は狩る側から狩られる側になったのさ。皮肉だよな? でも仕方のないことなんだぜ? 人類を裏切ったお前達にはお似合いだ! どうする? 半年前みたいに俺の事も崩壊させるのかい?」

「そんなことはしない!」

 荒木の挑発に真姫は力強く答える。真姫が進んでそんなことをするはずがない。彼女があの一件から立ち直るのに、どれだけの時間が必要だったと思っている!

「そうか……それは残念だ」

 荒木は何故か少し残念そうに肩を落とす。

 一体何に落胆しているのだろう?

「ちょっと場所を移すぞ」

 荒木が突然そんなことを言い出した。気づけば周囲から何人かの視線を感じる。いくらひと気が無い村の砂利道とはいえ、流石に騒ぎ過ぎたらしく、暇を持て余した村人たちが好奇の視線をこちらに向けていた。




「それで、アンタは俺達をどうするつもりだ?」

 俺は荒木に問いかける。

 場所は俺と真姫の家。あれから俺達は、村人たちの視線から逃げるようにここまでやって来た。流石に家の中までは、彼らもついてこないだろうから。

 そしてさっきの質問になる。いまいち荒木の目的が読めない。俺達を追ってきたにしては、半年というのは時間がかかりすぎだ。それに見つけたら見つけたで銃を構えるでもない。俺達を恨んでいるのでは無かったのか?

「俺は……自分でもお前達をどうしたいのか分からない。分からないんだ。俺はずっとお前達を恨みながら任務をこなして、捜索隊への参加も志願していた。だが岬町支部では、半年前に大半のメンバーが死んでしまって以降、目の前の星の使徒の対処に追われて、お前達の捜索は他所の支部任せだった。そしてようやく俺にも捜索隊への参加が認められた。参加して分かったのは、他の支部の奴らは本気でお前達を探していなかった。関係値が無かったからかもな? 裏切られたという印象が薄い。だから俺は単独でお前達を探し始めた。家にも帰らず、日本全国をこの端末を持って探し回って、ようやく今だ……」

 荒木はやつれた顔のまま語る。その目からは生気が感じられない。疲れ果てた顔だった。

「そして今対面して、俺は何がしたかったのかが分からなくなった。お前達を恨んでいるのは本当だ。崩壊病の原因を作り出したのはお前達だ。お前らさえいなければ、正人も星野も姫路も死なずに済んだ。他の被害者だってそうだ。そしてお前達は桐ヶ谷さん達まで殺した。恨んでいる。当然だ、当たり前だ」

 俺と真姫はただ黙って話を聞く。こっちにも言い分はあるが、なんとなく口を挟めない雰囲気だった。それぐらい荒木は真剣な口調だった。

「だけど、だけどさ……暮人は俺の後輩で、正人の相棒だ。真姫もそうだ。俺の後輩で、暮人の相棒で、好きだったこともある子だ。そんなお前達に、どんな感情を向けて良いのか分からなくなっちまった。俺は俺自身が分からなくなってきた。もっと言うなら、なんのために生きているのか分からなくなってきたんだ」

 荒木は荒木で、ずっと不安定な時間を歩んできたのだろう。彼はずっと星の使徒と正面から敵として向き合い、後輩をきちんと導きながら、仲間たちと共に制星教会の模範として、崩壊病から人々を救ってきた。しかしそんな彼に与えられたものは一体何だっただろうか? 

 親友二人の死。それにパートナーの姫路さんまで失い、いつも気にかけていた後輩二人が、実は崩壊病の発生源だと知り、精神を病みながらも星の使徒と戦い続けた。数多の同僚も失い、半年前の山中で真姫によって岬町支部の大半も失った。そこから立て直しをしながらの今現在だ。

 あまりにも酷い話だ。

 あまりにも惨い話だ。

 あまりにも残酷な話だ。

 俺達が原因なのは分かっている。それは知っている。選んだから、それは知ってる。だから俺達には彼を憐れむ権利など無いのかも知れない。

 しかし、それにしたって凄惨な話だ。そんな目に遭ってなお、俺達を探し出したのというのは素直に尊敬する。

「分からない。分からない。分からない。だけど一つだけ確かなのは、疲れたということだけだ。疲れた。俺は疲れたんだ……」

 俺はついつい口を挟みそうになる。彼が何を言おうとしているのか分かってしまったから、口出ししたくなる。だけど俺は拳を必死に握ることで、なんとか思いとどまった。彼の邪魔をする権利など、俺にはないのだから。

「とにかく疲れ果てた。だからお前達にお願いがある。酷い頼みなのは分かっている。だけどお前達にも責任を取って欲しい……」

 そうして荒木が息を大きく吸って深呼吸をする。覚悟を決めた顔を俺達に向ける。

「俺のことを殺してくれないか?」