俺は桐ヶ谷の背中を見送ると、待機室に入る。
待機室は学生寮の一室程度の広さになっており、簡易ベッドが一つに、報告書を書くための机とパソコンが一つずつ置かれている。
パソコンの電源を入れ、とりあえず報告書を書き始める。
報告書には、今回の任務がどうだったかを記載させられる。俺はゆっくりと失敗と書かれたチェックボックスにチェックを入れ、そこから記載欄を埋め始める。今回に関して言えば、相方の死亡。一般人への露呈など、最悪の結果と言ってよかった。
「ハァ」
俺は軽くため息をつくと席を立ち、部屋の隅に設置された小窓から弾丸の予備を受け取り、装填していく。
制星教会に入った当初、あの星の使徒にどうしてこの弾丸だけ効果があるのか桐ヶ谷に尋ねたが、教えてくれなかった。機密がどうのこうのとはぐらかしていたっけ? 実際に使用しているのだから、機密も何もないように思ったのだが、とにかく教えてくれなかった。
そんなことを思い出しながら装填を終え、俺は待機室を出る。
「暮人か……」
待機室から中央の崩星対策室に出てきた俺に声をかけたのは、正人の同期だったペアだ。
「荒木さん。姫路さん……」
俺は彼らの名前だけ声に出して黙り込む。なんとも言葉が出ない。
「正人のことは聞いたよ。残念だったな。アイツは本当に優秀な奴だった。同期の中でもずば抜けていたよ。まあ、だからお前と組んだんだけどな」
荒木はどう取っていいのか分からない声色で話す。
彼、荒木啓二は、正人の同期の一人で年齢は二十代半ば頃だったはずだ。
正人が優秀だから俺と組んだというのは、俺がまだ入ったばかりの新人だったからだ。この制星教会では、一部の例外を除いて、一番優秀な者が新人と組んでいろいろと教えて育てていく。そういうシステムだ。
「それで、暮人はこの先どうするの?」
今度は荒木のパートナーである姫路沙也加が俺に問いかける。彼女は荒木さんや正人の一つ下の世代だ。
基本的にこの制星教会は、高校卒業あたりから素質のある子に声をかけてスカウトをしていく。中学校の身体検査で採血された血液が、この制星教会に送られていたのだと、以前正人から聞いた。
そうして集められた血液を調べて、制星教会に入れるかを判断するらしい。
「どうするも何も、俺は今のところ誰とも組む気はありません。失礼します」
俺は足早に崩星対策室を出て、エレベーターで一階へ向かう。
これ以上あれこれ詮索されたくは無かった。
エレベーターから降りて無駄に豪華なエントランスを抜け、ビルを出て空を見上げる。
俺の沈んだ気持ちとは裏腹に空は晴れ渡り、太陽は燦燦と大地を照らす。腕時計を見ると、まだ針達は十四時過ぎを指し示す。
身内が死ぬってどんな気持ちなのかな?
俺はぼんやりと正人の母親の事を思い出す。
もちろん俺からすれば正人は身内ではない。しかし俺にとっての相棒であり、先輩であり良き理解者だった。そんな彼は、俺にとってほとんど身内のようなものだ。
俺に親はいない。物心つく前に交通事故で両親揃って亡くなったと、祖母が言っていた。それ以降祖母との二人暮らし。祖母は、俺の今の仕事を理解していない。というより、薬品会社に就職したと嘘をついている。
まあ表向きは薬品会社を装っている組織なのだから、あながち間違っているとも言い切れないか……
「暮人!!」
突然呼ばれた声にハッとして前を見ると、そこには真姫が立っていた。真姫の左右には、制星教会の制服を着た男が二人。
どういうことだ? なんでここにいる?
「真姫!? どうしてここに?」
「それは俺から説明しよう」
俺の質問に答えたのは真姫ではなく、俺の背後からやって来た桐ヶ谷だった。
「どういう意味です?」
「現場の撤収作業を行っていたスタッフから、若い女が説明を求めてずっと抵抗していると連絡があってな。それで名前を聞いたら、先ほどお前の口からでた名前と同じだったので、ここに連れてきた」
桐ヶ谷は、まるで最初から用意していたかのようにスラスラと説明をする。
つまり最初から真姫をスカウトするつもりだったということか。正人が死んだ瞬間から、俺のパートナーの穴埋めに真姫を充てるつもりだったのだろう。
客観的に見たらそれが一番合理的だ。何せ俺と真姫は幼馴染。人間関係を一から構築する手間もないし、お互いの性格もある程度分かっているだろうから、任務での安定感も増すだろうと……なるほど確かに理にかなっている。
「俺は反対ですよ! 真姫を危険に晒すなんて!」
「危険!? 暮人がやっていることって危険なことなの?」
しまった。ミスった。そうだった。
真姫の性格を忘れていた。これは失言だった。俺一人が何か背負っているという状況に、真姫が耐えられるわけがない。彼女はそういう人だ。
「い、いや……その」
「暮人。言いなさい。全部」
「そうは言ってもな~やっぱり真姫には向いてないと……」
「へぇ~中学卒業してからお互い顔も合わせてなかったのに、私に何が向いているか分かるんだ? 暮人は凄いね?」
真姫は腕を組みながら俺に迫る。
こういう時の迫力は子供の時のまま……いや、それ以上だな。
彼女の言う通り中学卒業後、俺たちは別々の高校に進んだのもあって、ほとんど顔も合わせていない。別に仲が悪かったわけではないが、俺が一方的にあの日の教室での出来事を思い出し、距離を取っていた。真姫もそんな俺を不思議に思っていただろうが、なんとなくお互いに関わらない、干渉しないという三年間を過ごしていた。
「分かった。もう分かった。説明するよ。それで良いだろう?」
「分かればよろしい」
「じゃあ決まりだな。ついてこい」
桐ヶ谷は、俺が圧倒されて渋々承諾したのを確認すると、来た道を引き返し、再びビルの中に戻っていく。俺も真姫に背中を押されて後に続く。
「これでまた話せるね」
真姫は心底嬉しそうに笑う。
彼女の笑顔を見るたびに、俺が罪悪感に囚われるとも知らずに。
「君にはまず、この契約書にサインをしてもらう。これから話すことは国の取り扱う機密事項であり、これを無関係の者に漏らすことは一切禁ずる。これはそういった類の書類だ。生半可な気持ちでサインはするな。サインを済ませてから奥の部屋に来い」
そう言って桐ヶ谷は、崩星対策室の奥の部屋に去っていく。
あの部屋の先には処置室がある。俺も一度だけ入ったことがある。あの先の処置室で、簡易だが手術を行い、星の使徒を視認出来るようにする。今真姫が読んでいるのは、機密保持は勿論だが、この手術の同意書も兼ねている。
「暮人はこれにサインして手術したんだよね?」
「ああ。だけど無理はするなよ? 真姫はせっかく大学入ったんだから、キャンパスライフを満喫しろ。俺に構うな」
そうだ。真姫には普通の生活がお似合いだ。俺とは違う。俺と違って真姫は間違っていない。罪を背負う必要はない。
「何それ。暮人のいない生活を私が楽しめると本気で思ってるの?」
真姫は語気を荒くする。
「私はサインする。暮人がずっと私を避けていた理由、知りたいから!」
そう言って真姫はサインをして立ち上がる。
「本気か?」
「本気よ! 私は自分だけのうのうと暮らしているなんて嫌! 私が笑っている横で暮人が苦しんでいるのはもう耐えられない!」
俺は言葉が出なかった。
彼女は彼女でずっと考えていたのだ。
考えてみれば当然だ。どうして思い至らなかった?
今まで普通に仲が良かった幼馴染が、急にそっけなくなり、距離を取り出したらどう思う? 不安に感じるし、自分が何かしてしまったのかと考えてしまう。それが普通だ。
俺は自分のことだけで余裕を無くし、真姫のことまで考えていなかった。
あの夕暮れの教室で真姫の命を選択してからというもの、崩壊病のニュースを聞くたびに罪悪感に押しつぶされそうになっていて、なによりそんな自分に一番嫌気がさした。
だから距離をとった。だから離れた。関わらなければ、もうそんな気持ちにならないと信じて……
彼女が手術から戻ってきたらちゃんと話そう。全て話そう。何があったのか。どうして避けていたのか。十年前のあの教室で何があったのかを詳細に話そう。
俺は奥の部屋に向って歩く彼女の後ろ姿に、そう誓いをたてた。
待機室は学生寮の一室程度の広さになっており、簡易ベッドが一つに、報告書を書くための机とパソコンが一つずつ置かれている。
パソコンの電源を入れ、とりあえず報告書を書き始める。
報告書には、今回の任務がどうだったかを記載させられる。俺はゆっくりと失敗と書かれたチェックボックスにチェックを入れ、そこから記載欄を埋め始める。今回に関して言えば、相方の死亡。一般人への露呈など、最悪の結果と言ってよかった。
「ハァ」
俺は軽くため息をつくと席を立ち、部屋の隅に設置された小窓から弾丸の予備を受け取り、装填していく。
制星教会に入った当初、あの星の使徒にどうしてこの弾丸だけ効果があるのか桐ヶ谷に尋ねたが、教えてくれなかった。機密がどうのこうのとはぐらかしていたっけ? 実際に使用しているのだから、機密も何もないように思ったのだが、とにかく教えてくれなかった。
そんなことを思い出しながら装填を終え、俺は待機室を出る。
「暮人か……」
待機室から中央の崩星対策室に出てきた俺に声をかけたのは、正人の同期だったペアだ。
「荒木さん。姫路さん……」
俺は彼らの名前だけ声に出して黙り込む。なんとも言葉が出ない。
「正人のことは聞いたよ。残念だったな。アイツは本当に優秀な奴だった。同期の中でもずば抜けていたよ。まあ、だからお前と組んだんだけどな」
荒木はどう取っていいのか分からない声色で話す。
彼、荒木啓二は、正人の同期の一人で年齢は二十代半ば頃だったはずだ。
正人が優秀だから俺と組んだというのは、俺がまだ入ったばかりの新人だったからだ。この制星教会では、一部の例外を除いて、一番優秀な者が新人と組んでいろいろと教えて育てていく。そういうシステムだ。
「それで、暮人はこの先どうするの?」
今度は荒木のパートナーである姫路沙也加が俺に問いかける。彼女は荒木さんや正人の一つ下の世代だ。
基本的にこの制星教会は、高校卒業あたりから素質のある子に声をかけてスカウトをしていく。中学校の身体検査で採血された血液が、この制星教会に送られていたのだと、以前正人から聞いた。
そうして集められた血液を調べて、制星教会に入れるかを判断するらしい。
「どうするも何も、俺は今のところ誰とも組む気はありません。失礼します」
俺は足早に崩星対策室を出て、エレベーターで一階へ向かう。
これ以上あれこれ詮索されたくは無かった。
エレベーターから降りて無駄に豪華なエントランスを抜け、ビルを出て空を見上げる。
俺の沈んだ気持ちとは裏腹に空は晴れ渡り、太陽は燦燦と大地を照らす。腕時計を見ると、まだ針達は十四時過ぎを指し示す。
身内が死ぬってどんな気持ちなのかな?
俺はぼんやりと正人の母親の事を思い出す。
もちろん俺からすれば正人は身内ではない。しかし俺にとっての相棒であり、先輩であり良き理解者だった。そんな彼は、俺にとってほとんど身内のようなものだ。
俺に親はいない。物心つく前に交通事故で両親揃って亡くなったと、祖母が言っていた。それ以降祖母との二人暮らし。祖母は、俺の今の仕事を理解していない。というより、薬品会社に就職したと嘘をついている。
まあ表向きは薬品会社を装っている組織なのだから、あながち間違っているとも言い切れないか……
「暮人!!」
突然呼ばれた声にハッとして前を見ると、そこには真姫が立っていた。真姫の左右には、制星教会の制服を着た男が二人。
どういうことだ? なんでここにいる?
「真姫!? どうしてここに?」
「それは俺から説明しよう」
俺の質問に答えたのは真姫ではなく、俺の背後からやって来た桐ヶ谷だった。
「どういう意味です?」
「現場の撤収作業を行っていたスタッフから、若い女が説明を求めてずっと抵抗していると連絡があってな。それで名前を聞いたら、先ほどお前の口からでた名前と同じだったので、ここに連れてきた」
桐ヶ谷は、まるで最初から用意していたかのようにスラスラと説明をする。
つまり最初から真姫をスカウトするつもりだったということか。正人が死んだ瞬間から、俺のパートナーの穴埋めに真姫を充てるつもりだったのだろう。
客観的に見たらそれが一番合理的だ。何せ俺と真姫は幼馴染。人間関係を一から構築する手間もないし、お互いの性格もある程度分かっているだろうから、任務での安定感も増すだろうと……なるほど確かに理にかなっている。
「俺は反対ですよ! 真姫を危険に晒すなんて!」
「危険!? 暮人がやっていることって危険なことなの?」
しまった。ミスった。そうだった。
真姫の性格を忘れていた。これは失言だった。俺一人が何か背負っているという状況に、真姫が耐えられるわけがない。彼女はそういう人だ。
「い、いや……その」
「暮人。言いなさい。全部」
「そうは言ってもな~やっぱり真姫には向いてないと……」
「へぇ~中学卒業してからお互い顔も合わせてなかったのに、私に何が向いているか分かるんだ? 暮人は凄いね?」
真姫は腕を組みながら俺に迫る。
こういう時の迫力は子供の時のまま……いや、それ以上だな。
彼女の言う通り中学卒業後、俺たちは別々の高校に進んだのもあって、ほとんど顔も合わせていない。別に仲が悪かったわけではないが、俺が一方的にあの日の教室での出来事を思い出し、距離を取っていた。真姫もそんな俺を不思議に思っていただろうが、なんとなくお互いに関わらない、干渉しないという三年間を過ごしていた。
「分かった。もう分かった。説明するよ。それで良いだろう?」
「分かればよろしい」
「じゃあ決まりだな。ついてこい」
桐ヶ谷は、俺が圧倒されて渋々承諾したのを確認すると、来た道を引き返し、再びビルの中に戻っていく。俺も真姫に背中を押されて後に続く。
「これでまた話せるね」
真姫は心底嬉しそうに笑う。
彼女の笑顔を見るたびに、俺が罪悪感に囚われるとも知らずに。
「君にはまず、この契約書にサインをしてもらう。これから話すことは国の取り扱う機密事項であり、これを無関係の者に漏らすことは一切禁ずる。これはそういった類の書類だ。生半可な気持ちでサインはするな。サインを済ませてから奥の部屋に来い」
そう言って桐ヶ谷は、崩星対策室の奥の部屋に去っていく。
あの部屋の先には処置室がある。俺も一度だけ入ったことがある。あの先の処置室で、簡易だが手術を行い、星の使徒を視認出来るようにする。今真姫が読んでいるのは、機密保持は勿論だが、この手術の同意書も兼ねている。
「暮人はこれにサインして手術したんだよね?」
「ああ。だけど無理はするなよ? 真姫はせっかく大学入ったんだから、キャンパスライフを満喫しろ。俺に構うな」
そうだ。真姫には普通の生活がお似合いだ。俺とは違う。俺と違って真姫は間違っていない。罪を背負う必要はない。
「何それ。暮人のいない生活を私が楽しめると本気で思ってるの?」
真姫は語気を荒くする。
「私はサインする。暮人がずっと私を避けていた理由、知りたいから!」
そう言って真姫はサインをして立ち上がる。
「本気か?」
「本気よ! 私は自分だけのうのうと暮らしているなんて嫌! 私が笑っている横で暮人が苦しんでいるのはもう耐えられない!」
俺は言葉が出なかった。
彼女は彼女でずっと考えていたのだ。
考えてみれば当然だ。どうして思い至らなかった?
今まで普通に仲が良かった幼馴染が、急にそっけなくなり、距離を取り出したらどう思う? 不安に感じるし、自分が何かしてしまったのかと考えてしまう。それが普通だ。
俺は自分のことだけで余裕を無くし、真姫のことまで考えていなかった。
あの夕暮れの教室で真姫の命を選択してからというもの、崩壊病のニュースを聞くたびに罪悪感に押しつぶされそうになっていて、なによりそんな自分に一番嫌気がさした。
だから距離をとった。だから離れた。関わらなければ、もうそんな気持ちにならないと信じて……
彼女が手術から戻ってきたらちゃんと話そう。全て話そう。何があったのか。どうして避けていたのか。十年前のあの教室で何があったのかを詳細に話そう。
俺は奥の部屋に向って歩く彼女の後ろ姿に、そう誓いをたてた。