「一体なんなのだ!? どうして話せる? それにどうしてお前達を庇う?」

 星の使徒が消えたことで多少心にゆとりを取り戻したのか、厳正は自身の内に現れたであろう疑問符を並べる。

 そうか。コイツからしたら星の使徒が俺達を庇ったように見えるのか。庇ったと言われればそうかもしれない。あの個体は俺達を庇ったのだろう。庇うためにこの場にわざわざ現れたのだろう。

「私達を庇う……」

 真姫はようやく声を出す。声に出して俯く。

 彼女からしても意外だったに違いない。あれだけ死を迫られていたのに、今度は庇われる。命を助けられたといっていい。最後の最後に星の使徒は動機を口にしていた「我々は人という種族の選択の果てが見たいのだ」と言っていた。

 つまり選択していたのは俺達だけでは無かったということだ。星は星で、俺達に選択させるという選択をしたのだ。そしてその結果を見守ると。まるで神様みたいなことを言うものだ。

 まあ実際星の、地球の意志なのだから、ある意味神様みたいなものか? もしかしたら神様以上かもしれない。

「お前達は一体なんなのだ? お前達はアイツらと裏で通じているのか?」

 狂気に満ちた目で、厳正は拳銃を俺達に向ける。その手は震え、目は血走り、息があがっている。どう見ても冷静な状態じゃない。

「そんなわけないだろ! いいから落ち着け。話し合おう」

 俺は真姫を後ろに庇いながら両手を上げ、説得を試みる。

 しかしどうする? 状況だけ見れば、俺達と星の使徒との間に何かしらの繋がりがあると思われても仕方ない。あれだけコミュニケーションがとれないと言われていた星の使徒が、俺達のピンチのタイミングで出現し、俺達を庇うかのような言動を見せて消えて行ってしまえばそう思うだろう。

「黙れ! お前たちなど信用できるか!」

 そう言って厳正が引き金を引こうとした瞬間、後ろに下がらせていた真姫が俺を押し退ける。

「何のつもりだ!」

 俺の叫び声と、厳正の拳銃が火を噴いたのは同時だった。拳銃の甲高い発砲音が、この真っ白な部屋中に響く。そして真っ白な床にじわじわと広がる赤い液体。部屋に充満する火薬と鉄の匂い。

「おい……嘘だろ? 真姫? 真姫!!」

 俺は震える手で、ぐったりと横たわる真姫を抱き寄せる。彼女の腹部から大量の血液が流れ出し、真っ白な床を真っ赤に染めていく。彼女を抱いた俺の手に生暖かい液体が絡みつく。

 俺は思考が停止する。

 なんで? なんで俺なんか庇うんだ? 真姫? どうして?

 ここで彼女を失ってしまったら、何のために今まで……

「暮人……」

「真姫?」

 真姫はか細く震える声で俺の名を呼ぶ。

「もう暮人に迷惑はかけられないよ……本当は君と一緒に最後まで生きていたかったけど、私のために君が死ぬのだけは耐えられない……ごめんね。君を一人にしないために生きることを選んだのに……」

 真姫は過去に戻った際、永遠に泣き続ける当時の俺を見て、生きることを決めた。そうだった。彼女は俺のために決断したのだ。俺が悲しまないように。俺が絶望しないように。俺が……生きるのをやめないように。

「でも……だからって俺なんか庇うなよ!!」

 俺の中に怒りにも似た感情が渦巻く。俺が死なないように生きることを決めたんだろ?

 だったら最後まで側にいてくれよ。俺がくたばるその時まで一緒に……

 そこまで考えて、死を受け入れようとしている自分に気がついた。真姫がいないならもういいのか?

 俺は弱い人間だ。真姫がいなくなると思った瞬間、死をイメージしてしまった。こんなだから誰も守れず、真姫にも無駄な心配をかけてしまったんだ。

「ははっ……私は何も悪くないぞ。そいつが勝手に……」

「黙れよ! 屑野郎!」

 俺は見苦しく弁解を開始した厳正の言葉を遮る。俺は震える体をなんとか押さえつけ、立ち上がる。俺にはなんの力もない。特殊なスキルがあるわけではない。拳銃を持ったおっさん一人にさえ敵わないだろう。でも、もう死んでも構わない。死んででもコイツを殺して……

「なっ!?」

 そう覚悟を決めた時、厳正は俺の斜め後ろを指さし、顔をこわばらせ震えている。

 一体どうしたというのだ? 俺の意識をそらすための演技かとも思ったが、そうとは思えない。演技であんな表情は出来ない。

 俺は恐る恐る背後を確認する。振り返って、俺は言葉を失った。

 何故なら、そこに立っていたからだ。

 拳銃で腹部を撃ちぬかれ、大量の血液をまき散らしていた真姫がそこに立っていた。

 顔は俯いているが、しっかりと立っている。そして出血は止まり、腹部の傷も塞がっているようにみえた。

 一体どうなっている? 何が起きている? 人間は脆い生き物だ。あれだけの出血をしてしまえば普通は生きていけるはず……

「真姫? 真姫なのか?」

 俺はゆっくり問いかける。

 目の前の少女が真姫なのは分かっている。しかしにわかには信じられない。普通撃たれた人間が無事なわけがない。勝手に傷口が塞がって立っているわけがない。

「暮……人? 私よ。大丈夫」

 真姫の声は徐々にいつもの調子を取り戻していく。俯いていた顔も真っすぐに前を向き、俺の顔をじっくりと見つめてくる。

「化け物め!」

 正気を取り戻した厳正が再び拳銃を真姫に向ける。

「化け物……確かにそうかもしれない。私は化け物かもしれない。だから無駄よ? 私はその程度では死なない。さっき分かった。私は死なない」

 真姫は何かを悟ったように、妙に涼し気な顔でそう告げる。

「だから安心して暮人。私は君を置いて死んで行ったりはしないから」

 不敵に微笑む真姫はどこか浮世離れしているようで、妙に神々しく感じた。

 真姫の様子を見て殺せないと思ったのか、厳正は拳銃を今度は俺に向ける。

「そこの女は殺せなくても、せめてお前ぐらいは!」

 そう叫んだ厳正は、拳銃を構えたまま体が硬直する。厳正の体が少しずつ崩れ始めていた。何度も何度も見た光景。崩壊病だ。

「なんだ! 一体何なんだ!」

 厳正は冷静さを失い、拳銃を手放して地面に這いつくばる。そうかコイツ……崩壊病を知らないのか。

 情報としては当然知っているだろう。だが知識として知っているのと、実際に体感しているのとでは全然違う。コイツは前線に出たことはない。

 無様に体をばたつかせる厳正の背後の扉が勢い良く開けられると、そこには星の使徒が立っていた。その星の使徒から伸びた無数の触手が、厳正を捕らえている。

「なんでここに? このタイミングで?」

 俺と真姫はただ呆然と、厳正が崩れていく様を眺める。眺めるしか出来なかった。制星教会会長、星野厳正が崩壊していく様を、ただただ見守ることしか出来なかった。

 やがて厳正が完全に絶命し、粉となって床に散らばった。

 突如現れた星の使徒は、厳正の崩壊を確認するとその場でうっすらと浮き上がり、そのまま廊下を滑るように去っていく。

「おい! 待て!」

 俺達は立ち上がり、星の使徒のあとを追った。