「誰だ!」

 俺はただ者ではない雰囲気にびくつきながら振り返る。

 そして唖然とする。

 振り返った先にいたのは人間などではなかった。

 その体長は二メートルと三メートルの間。頭はあるが顔はなく、当然喋りもしない。ただただ青白く、手足のようなものはあるけれど、そこまでくっきり部位が別れていない。あくまでも人型なだけな”アイツ”……人を崩壊させる張本人。

 星の使徒……振り返った俺の目の前、手を伸ばせば届く位置に奴が立っていた。

「な……なんで」

 俺はそれっきり言葉が出ない。

 恐怖で体が竦む。足が震え、心臓の鼓動が増す。冷汗がおでこを伝い、激しい頭痛がサイレンのように警告を発している。

 逃げろと脳が命じるが、体が言うことを聞かなかった。

 襲われると思っていた俺とは対照的に、星の使徒はそこから一歩たりとも動かず、触手を俺に向けて伸ばしてくる気配もない。

「なんなんだ?」

 少し落ち着いた俺はそう呟く。

 いきなり俺以外の人間が消え去った世界で、星の使徒と二人っきり……全くもって笑えない。

「ここは、そう遠くない未来だ」

 まるで俺の心の内を見透かしたように、星の使徒が言葉を発した。

 星の使徒が言葉を発する? コミュニケーションを取ろうとする? あり得ない。そんな事案は一度だって……

 そこまで考えてから思い至る。あったではないか。星の使徒が言葉を発した事案、人類で唯一星の使徒とコミュニケーションをとった事案が。

 なんてことはない。十年前、俺はコイツと会っている。実は全ての星の使徒が話しますなんてオチじゃなければ、コイツ以外の星の使徒とはコミュニケーションを取れないはずだ。

「久しぶりだな……であっているか?」

 俺は若干怯えながらも、現状の確認を行う。

「久しぶり? ああ、あっている。君達人間の感覚では”久しぶり”になるのだろうな……」

 やや遠回しな言い方だが、久しぶりであることはあっているらしい。それに「君達人間」というワードを使ってきたということは、星の使徒はやはり人間とは全く別の存在なのだろう。

「それで、ここがそう遠くない未来というのはどういう意味だ?」

 コイツが十年前のあの星の使徒だと分かって、何故だか少し安心した俺は、コイツの言葉の意味を尋ねる。そもそも俺達が今いるここは、本当に岬町なのだろうか?

「そのままの意味だ。ここはそう遠くない未来だ。全ての人間は崩壊し、星が元の状態に戻った姿。人間たちの崩壊が終了した未来だ」

「ということはここは現在ではなく、お前が俺に見せている幻覚みたいなものと思っていいのか?」

 俺はそう言って周囲をもう一度見渡す。

 さっきまでは気がつかなかったが、よくよく見てみれば、ビルや放置された車等にはツタが這っていて、アスファルトには大きな亀裂が走り、その亀裂から白い花が咲いている。まるで映画やゲームで見た終末世界そのものだ。

「半分正解。ここが、お前がさっきまで存在していた時間軸ではないという点においては正しい。ただこれは幻覚、すなわち我々が作った幻想ではない。現実の未来だ。私が未来の岬町にお前を引っ張り出した。だからこれは幻覚ではない」

 星の使徒は思った以上に饒舌だ。思えば、十年前もこれくらい喋っていたかも知れない。

「それは分かった。分かりたくはないが、お前の言ったことは理解した。じゃあ真姫はどうした? 俺と一緒にいた彼女は何処に飛ばした?」

「真姫……ああ、選択の子か。十年前、お前が世界と天秤にかけて傾けた少女か。彼女ならここにはいない。現代の時間軸にもいない。彼女は過去にいる」

 星の使徒は淡々とそう告げる。

 過去と言ったか? 過去? 真姫だけ過去に送ったのか? なんのために? それにどうして俺は未来に飛ばされた? 何が目的だ?

 俺の頭に複数のクエスチョンが浮かぶ。だいたいなんで今になって現れた? 今さら俺達に干渉してなんになる?

「順番に説明しよう。お前を未来に飛ばしたのは、現実を知ってもらうためだ。お前が十年前に下した選択によって、人類がどうなるのかを知っておいて欲しかった」

「何故だ? 俺は選択したぞ? 十年前にお前からこうなると聞かされて俺は決断した。お前だって知っているだろう?」

 何を今さらと思った。真姫と世界を天秤にかけたことなど重々承知だ。それでどれだけ俺が苦悩したと思っている? どれだけの罪悪感を抱えながら生きてきたと思っている?

「ああ知っている。だがお前はあの時、まだ子供。しっかりと選択できる判断能力があったかは疑わしい。だから、今一度お前に問おう。あの少女と世界、どっちを選ぶ?」

 星の使徒は再び俺に選択を迫る。

 究極の選択。悪魔の選択。この選択を躊躇なく選ぶ人間はきっといないだろう。だが俺はこの二択の他に、第三の選択肢を提示する。

「ずっと疑問だったんだが、どうしてその二択なんだ? どっちも助かる道はないのか? それにどうして俺と真姫なんだ?」

「どうしてあの少女なのか。お前ももう知っていると思うが、人間の細胞を結び付けているのは星の寿命だ。この星の寿命が糸の役割を担い、人間をはじめとした全ての生物は、体を維持できている」

 それは知っている。制星教会は勿論のこと、崩壊病が発生した時、世界各国の機密組織が崩壊病患者の遺体を調べてはじめて分かったことだ。

「そして生物としての複雑さから、人間にもっとも星の寿命が多く使われている。それでも昔は良かった。星の寿命のリソースは足りていた。だがもう限界だ。お前たちは増えすぎた。星のリソースを越え始めている。だから、星は泣く泣くお前たちの分解を開始した。それが崩壊病だ」

 星の使徒は、俺の質問には直接答えず、崩壊病について語った。それにしてもその物言いは気に食わない!

「随分と他人事のように話すんだな。崩壊病を発生させている実行犯はお前達だろう? そしてお前には知性がある。人を崩壊させる時、胸が痛まないのか?」

「胸が痛む? お前たちはステーキを食べる時に毎回胸を痛めるか? それと同じだ。我々は星の一部。先端だ。要するに星の手足だ。人間から星の寿命を解放するのはただの作業だ」

 星の使徒は当然のようにそう言い放った。俺は怒りを抑え、出来るだけ冷静になろうと深呼吸する。まだ真姫について何も聞き出せていない。この機会をみすみす逃すわけにはいかない。

「それは分かった。じゃあもう一度聞くが、その中でどうして真姫なんだ?」

 俺は再び質問をぶつける。なんとなく、真姫が選ばれた理由を知れれば、二択の理由も分かる気がした。

「人間にも生物にも個体差があるように、星の寿命を多く使っている人間から狙われる。それが崩壊させられた人間の理由だ。その中でもここ十数年、変異種が登場し始めた」

 変異種? 言っている意味が分からない。

「変異種といっても、それは我々側から見たらという話しだ。お前達の言うところの生物学的には、他の人間たちとの差異はない。まだほんの数人だが、生きているだけで星の寿命を吸い続ける者達が発生しはじめた。それがお前たちの世代に急に発生した。我々も想定外の事態だった。その数人は、数分もあれば人一人分の星の寿命を吸い上げてしまう。垂れ流してしまう。実際、彼らが発生しなければ、人類は崩壊しなかった」

 コイツの言うところの変異種。人間サイドからすれば全く持って普通の人間だが、星側からすると脅威となる人間というわけだ。

「しかし問題は無いかのように思われた。過剰な星の寿命は人体に毒となる。そうやって生まれてしまった子供たちは、皆幼少期に死んでしまうはずだった」

 俺はここまで聞いて、どうして真姫だけが狙われてしまうのか分かってしまった。分かりたくないけど、そこまで読めてしまった。何故真姫があの日、急に倒れてしまったのか。何故、命を吸い取り続ける人間が数人いるにも関わらず、真姫の生死が人類の崩壊を招くのか。