俺達が正人の墓前で報告をし、制星教会に戻ってきたころにはすっかり日が落ちていた。
四階の崩星対策室に入ると、桐ヶ谷をはじめとした先輩達が暗い顔をして座っていた。
「ただいま戻りました……」
俺はおそるおそる席に着く。
なんだか崩星対策室の空気が重い。何があったのだろう?
「おうお前達か、遅かったな」
桐ヶ谷は俺達を一瞥し、そのままうつむく。
「何があったんですか?」
俺は近くの席に座っていた先輩、牧下さんに声を潜ませて話しかける。
彼女は俺の二つ上の先輩で、他の先輩達に比べるとまだ若い方だが、成績はかなり良かったはずだ。しかしほとんど話したことはない。というより、この組織は基本的に揃って何かをするという組織ではないため、他の先輩方も面識こそあれど、話したことがない人ばかりだった。
「多数の星の使徒出現で、一番任務成功率の高い龍崎、山下ペアが殉職したの……」
彼女の返答を聞いた俺達は、驚きのあまりそのまま固まってしまった。
彼ら龍崎、山下ペアは、この支部に所属しているペアの中でもっとも最年長で、もっとも任務成功率が高いペアだ。よく正人からも彼らの話は聞いていた。そんな彼らでさえも殺られてしまったのか!?
「アイツらは、星の使徒に気がつかずにそばを歩いていた学生二人を庇ってやられたらしい。助けられた学生達の証言で判明した」
桐ヶ谷は悲痛な面持ちのまま説明する。
俺と真姫はここでの所属期間がそこまで長くはないからまだマシだったが、長い期間ここで戦っていた人ほど相当精神に来ているらしく、皆虚ろな目をして呆然としていた。
「真姫、行こう」
俺はその場の空気に耐えられなくなり、崩星対策室のドアを潜り、自分の待機室に避難する。
段々と状況が悪化してきている。
なんなんだ?
なんでこんなに負の連鎖が止まらない?
待機室に入ると真姫はそのまま着替えもせず、ベッドに倒れこんでしまった。
俺は俺で頭は混乱状態のまま、とりあえずやるべきことをする。弾丸を補充しパソコンを開いて報告書を作成する。
報告書になんて書いたか覚えていない。
ただただいつもの習慣で書いただけで、見直しもしていない。そもそも見直しとか報告書とかどうでもよくなっていた。
もう全てを投げ出して楽になりたい。
心の内にそういう感情が芽生えているのを自覚した。
真姫はベッドに横になったまま何も言ってこない。彼女は俯いたまま、ピクリとも動かない。
彼女も俺と同じ気持ちだろうか?
先ほど正人の墓前で真姫が言っていたように、俺の選択で見知らぬ人が千人以上亡くなっている。それだけならまだ耐えられた。俺は薄情な人間なのかも知れない。見知らぬ千人という人数にいまいち実感が無いせいか、なんとか自分を騙してこれたけどもう限界だ。
目の前で知っている人を、こうも立て続けに失うと、自分で自分を誤魔化すのにも限界を感じてしまう。あの時の選択を間違っていたと思う自分を押さえきれなくなってきている。
俺には何が出来るのだろう?
この相次ぐ知人の死は病気や災害、事故の様な偶然ではない。この仕事をしている以上、いつまでもつき纏う必然だ。それも星の使徒の出現ペースや行動の変化を考えると、仲間の死の可能性は跳ね上がっている。
「真姫」
「うん?」
俺の問いかけに真姫のくぐもった声が帰ってくる。
「たまには帰ろうか?」
俺はこう提案した。今は何も考えたくは無かった。
普段はこの待機室で夜を明かしてしまう事が多く、たまに実家に帰っている状態だった。真姫は真姫で、この近くにアパートを借りて一人暮らしをしているが、俺と一緒にここに泊まることも少なくなかった。
「どっちに帰る?」
真姫は自分のアパートか俺の実家かを尋ねているのだ。
正直迷ったが、何も考えたくないときに二人っきりでいるのは良くない気がした。
「俺の実家にしないか? ばあちゃんが真姫にも会いたがってる。最近会ってないだろう?」
「良いねそれ。私も久しぶりに会いたいし」
そう答える真姫の顔から、少し憑き物が落ちたような気がした。
真姫と共に待機室を出ると、崩星対策室は暗く、閑散としていた。この部屋には窓が無いため、ほとんど真っ暗。かろうじて足元を照らすのは、うっすらと光る非常口プレートの明りだけだった。
俺達はエレベーターで一階に降り、そのまま外へ。
そして外に出た時、異変に気がついた。
周囲が異常に暗いのだ。
携帯の時計を確認すると、時刻は午後八時……おかしい。夜中だろうと煌々と光り続ける岬町の街明かり達が、すっかり息をひそめている。
それにまだ八時。この時間に、制星教会の職員全員が帰宅なんてあり得ない。
そもそもからして崩星対策室に誰もいないことが異常だったのだ。
「真姫……離れるなよ」
俺は後ろにいるはずの真姫に右手を伸ばすが、いつまでたっても右手は真姫の体に触れない。
「真姫?」
不審に思い振り返ると、そこに真姫の姿はない。
「どこ行った? 一体どうなっている?」
俺は、自身の置かれた状況が理解できないでいた。
この大都市、岬町が午後八時に真っ暗になるなどあり得ない。
停電かと思ったが、さっきまで待機室で明かりがついていたので違うだろう。それに不可思議なのは明かりだけではない。
岬町から人が消えている。真姫どころか、このビルの群れに挟まれた大通りに、人っ子一人歩いていない。
俺以外、誰もいない。
思い返せば制星教会のビルの中にも誰もいなかった。
「真姫ーーーー!!!」
腹の底から声を絞り出し、愛する人の名前を叫ぶ。
周囲に音が無いせいか、この大都市ではあり得ないことに、俺の叫び声がビルの狭間に木霊していた。
ここは本当に岬町か?
どこか違う町?
それとも俺は夢を見ているのだろうか?
遂に気が狂ってしまったのか? 否定できない。そうかもしれない。それだけの精神状態であったことには変わりないのだから……。
俺は焦って走りだす。
静まり返った岬町を一人走り出した。
真姫を探して、人を探して、光を探して、音を探して、見知った街を走り続けたが、結果は芳しくなかった。
どこまで行っても人はおらず、光も音もない。
「まるで、俺だけが取り残された気分だ……」
散々走り続けた俺は、力尽きて冷たいアスファルトに座り込む。
空を見上げると、ネオンの代わりだと言わんばかりに星々が強く輝いていた。
「本当に俺だけなのかもな……」
そう呟いた俺の背後に、何者かの気配が一瞬にして現れた。
四階の崩星対策室に入ると、桐ヶ谷をはじめとした先輩達が暗い顔をして座っていた。
「ただいま戻りました……」
俺はおそるおそる席に着く。
なんだか崩星対策室の空気が重い。何があったのだろう?
「おうお前達か、遅かったな」
桐ヶ谷は俺達を一瞥し、そのままうつむく。
「何があったんですか?」
俺は近くの席に座っていた先輩、牧下さんに声を潜ませて話しかける。
彼女は俺の二つ上の先輩で、他の先輩達に比べるとまだ若い方だが、成績はかなり良かったはずだ。しかしほとんど話したことはない。というより、この組織は基本的に揃って何かをするという組織ではないため、他の先輩方も面識こそあれど、話したことがない人ばかりだった。
「多数の星の使徒出現で、一番任務成功率の高い龍崎、山下ペアが殉職したの……」
彼女の返答を聞いた俺達は、驚きのあまりそのまま固まってしまった。
彼ら龍崎、山下ペアは、この支部に所属しているペアの中でもっとも最年長で、もっとも任務成功率が高いペアだ。よく正人からも彼らの話は聞いていた。そんな彼らでさえも殺られてしまったのか!?
「アイツらは、星の使徒に気がつかずにそばを歩いていた学生二人を庇ってやられたらしい。助けられた学生達の証言で判明した」
桐ヶ谷は悲痛な面持ちのまま説明する。
俺と真姫はここでの所属期間がそこまで長くはないからまだマシだったが、長い期間ここで戦っていた人ほど相当精神に来ているらしく、皆虚ろな目をして呆然としていた。
「真姫、行こう」
俺はその場の空気に耐えられなくなり、崩星対策室のドアを潜り、自分の待機室に避難する。
段々と状況が悪化してきている。
なんなんだ?
なんでこんなに負の連鎖が止まらない?
待機室に入ると真姫はそのまま着替えもせず、ベッドに倒れこんでしまった。
俺は俺で頭は混乱状態のまま、とりあえずやるべきことをする。弾丸を補充しパソコンを開いて報告書を作成する。
報告書になんて書いたか覚えていない。
ただただいつもの習慣で書いただけで、見直しもしていない。そもそも見直しとか報告書とかどうでもよくなっていた。
もう全てを投げ出して楽になりたい。
心の内にそういう感情が芽生えているのを自覚した。
真姫はベッドに横になったまま何も言ってこない。彼女は俯いたまま、ピクリとも動かない。
彼女も俺と同じ気持ちだろうか?
先ほど正人の墓前で真姫が言っていたように、俺の選択で見知らぬ人が千人以上亡くなっている。それだけならまだ耐えられた。俺は薄情な人間なのかも知れない。見知らぬ千人という人数にいまいち実感が無いせいか、なんとか自分を騙してこれたけどもう限界だ。
目の前で知っている人を、こうも立て続けに失うと、自分で自分を誤魔化すのにも限界を感じてしまう。あの時の選択を間違っていたと思う自分を押さえきれなくなってきている。
俺には何が出来るのだろう?
この相次ぐ知人の死は病気や災害、事故の様な偶然ではない。この仕事をしている以上、いつまでもつき纏う必然だ。それも星の使徒の出現ペースや行動の変化を考えると、仲間の死の可能性は跳ね上がっている。
「真姫」
「うん?」
俺の問いかけに真姫のくぐもった声が帰ってくる。
「たまには帰ろうか?」
俺はこう提案した。今は何も考えたくは無かった。
普段はこの待機室で夜を明かしてしまう事が多く、たまに実家に帰っている状態だった。真姫は真姫で、この近くにアパートを借りて一人暮らしをしているが、俺と一緒にここに泊まることも少なくなかった。
「どっちに帰る?」
真姫は自分のアパートか俺の実家かを尋ねているのだ。
正直迷ったが、何も考えたくないときに二人っきりでいるのは良くない気がした。
「俺の実家にしないか? ばあちゃんが真姫にも会いたがってる。最近会ってないだろう?」
「良いねそれ。私も久しぶりに会いたいし」
そう答える真姫の顔から、少し憑き物が落ちたような気がした。
真姫と共に待機室を出ると、崩星対策室は暗く、閑散としていた。この部屋には窓が無いため、ほとんど真っ暗。かろうじて足元を照らすのは、うっすらと光る非常口プレートの明りだけだった。
俺達はエレベーターで一階に降り、そのまま外へ。
そして外に出た時、異変に気がついた。
周囲が異常に暗いのだ。
携帯の時計を確認すると、時刻は午後八時……おかしい。夜中だろうと煌々と光り続ける岬町の街明かり達が、すっかり息をひそめている。
それにまだ八時。この時間に、制星教会の職員全員が帰宅なんてあり得ない。
そもそもからして崩星対策室に誰もいないことが異常だったのだ。
「真姫……離れるなよ」
俺は後ろにいるはずの真姫に右手を伸ばすが、いつまでたっても右手は真姫の体に触れない。
「真姫?」
不審に思い振り返ると、そこに真姫の姿はない。
「どこ行った? 一体どうなっている?」
俺は、自身の置かれた状況が理解できないでいた。
この大都市、岬町が午後八時に真っ暗になるなどあり得ない。
停電かと思ったが、さっきまで待機室で明かりがついていたので違うだろう。それに不可思議なのは明かりだけではない。
岬町から人が消えている。真姫どころか、このビルの群れに挟まれた大通りに、人っ子一人歩いていない。
俺以外、誰もいない。
思い返せば制星教会のビルの中にも誰もいなかった。
「真姫ーーーー!!!」
腹の底から声を絞り出し、愛する人の名前を叫ぶ。
周囲に音が無いせいか、この大都市ではあり得ないことに、俺の叫び声がビルの狭間に木霊していた。
ここは本当に岬町か?
どこか違う町?
それとも俺は夢を見ているのだろうか?
遂に気が狂ってしまったのか? 否定できない。そうかもしれない。それだけの精神状態であったことには変わりないのだから……。
俺は焦って走りだす。
静まり返った岬町を一人走り出した。
真姫を探して、人を探して、光を探して、音を探して、見知った街を走り続けたが、結果は芳しくなかった。
どこまで行っても人はおらず、光も音もない。
「まるで、俺だけが取り残された気分だ……」
散々走り続けた俺は、力尽きて冷たいアスファルトに座り込む。
空を見上げると、ネオンの代わりだと言わんばかりに星々が強く輝いていた。
「本当に俺だけなのかもな……」
そう呟いた俺の背後に、何者かの気配が一瞬にして現れた。