「真姫! 出るぞ!」
「ええ!」
俺が待機室に戻ると、真姫はすでに準備を終えており、一緒になって部屋を出る。
いつもより長く感じるエレベーターで一階に降り、エントランスを抜けて駐車場へ。
真姫は、俺がどうしてここまで焦っているのかを理解しているようだった。おそらく待機室から崩星対策室に出た際、モニターに映る目的地を見たのだろう。
「急ぐぞ!」
俺たちは車に飛び乗り、アクセル全開でビルから出発する。
俺は急ぎながら、半年前の正人のポジションだなと一人思う。場所は団地、正人はその場所の意味を知っていて焦っていた。対して俺はその理由も分からずに、彼に急かされ走ってたっけ?
当時の俺には、正人がどうして焦っていたのか分からなかった。だが今回は、あの時の俺のポジションにそれを理解している真姫がいる。
それだけで心強く、なんでも出来るような気がした。
今回こそ間に合わせる!
あの日、正人は俺に母親を頼むと言って崩れていった。何もできなかった当時の俺は、ただただその場で混乱していた。あの場所で再び死者を出すわけにはいかない。あそこは正人の死地であり、生家だ。
朝の通勤ラッシュということもあり、道が混んでいてスムーズに進めない。俺はイライラしながら車線変更を繰り返し、団地へ急ぐ。
「降りるぞ!」
俺達は団地近くの道に車を停めて駆け出した。
もうそんなに遠くない。
走れば数分だ!
間に合え!
俺と真姫は拳銃を構えながら走る。
そして星の使徒がいる場所が分かった。
あの化け物は、またしてもあの場所に出現している。半年前のあの場所。正人が自身の母親を庇って死んだ場所。
「そこの団地の先、右に曲がったところ、歩道からすぐそばの団地の敷地内にいるぞ!」
そんな正人の声が脳裏にこだまする。
もうちょっと!
俺たちが目の前の団地の角を右に曲がると、そこにはアイツがいた。星の使徒。狙われた被害者は?
「暮人! あれ!」
隣で息を切らしていた真姫が声を上げる。
真姫の視線の先には正人の母親。
半年前からすればだいぶやつれているが、間違いなく彼女だ。
しかし何故か逃げようとしない。どうしてだ?
正人の母親は団地の建物の螺旋階段の下、星の使徒とは十メートル以上離れている。
「逃げてください!」
俺と真姫は銃弾を放ち、星の使徒の注意をこちらに向ける。
銃声に驚いた正人の母親は、そのやつれた顔をゆっくりと俺達に向ける。
「ああ、あの時の子ね……もう良いの。もうあの子のいない生活は耐えられない」
彼女はそう言って、あろうことか自分から星の使徒に向かって歩いていく。
俺たちはそれを見て発砲を止める。
万が一彼女に当たってしまっては意味がない。
「バカなことを言ってないで早く離れてください!」
「良いのよもう……もう良いの」
「正人から貴女を頼むと言われたんです! ですから早く離れてください!」
俺は再び拳銃を星の使徒に向ける。
こうなれば彼女に当たる可能性があったとしても撃つしかない!
しかし、もう遅かった。
「正人、正人、正人……ごめんね。私もついて行くから……」
正人の母親はどこか正気を失っていた。まるで壊れたラジオの様に正人の名前をひたすら繰り返しながら、星の使徒の触手に自ら触れた。
「クソ!!」
俺たちは弾丸が彼女に当たる可能性を無視して、発砲し続ける。しかし半年前のあの日のように、中々星の使徒は消滅しない!
しばらく打ち続けて、ようやく星の使徒が消えていく。その青白い体を揺らしながらうっすらと消えていく。
「大丈夫ですか!」
俺達は星の使徒が消え去ると同時に、正人の母親の元へ走りだす。
彼女は途中で片手を掲げて俺たちを制する。
「もう良いの。私はあの日死ぬはずだった。そのはずだった」
正人の母親はその体をボロボロこぼしながら、語りだす。ずっと胸に秘めていた気持ちを吐き出す。
「それなのに、正人が私を庇ってくれた。庇ってしまった。私の代わりにあの子が死んだ。そんなのってないじゃない? 母親を守るために子供が犠牲になる。そんなのってあんまりよ……とんだ親不孝者だわあの子」
彼女は狂ったように目を見開き、徐々に声が小さくなる。もう立っていられず、その場に倒れこみながらも、言葉を紡ぐ。
「それからの半年間、死んだように生きていた。だってもうあの子には会えない。あの日、崩れていくあの子の体を抱いていた感触が消えないの! 寝てもすぐにあの日の光景が蘇ってきて目覚める。徐々に粉になっていく我が子の顔なんて耐えられる? でも、そうね。もう良いの。私はもうすぐそっちに行く。もうじきちゃんと会えるわ……正人」
彼女はそれだけ言い残すと、そのまま何も言わなくなった。顔の崩壊が始まってしまった。
「……暮人」
真姫は、呆然と立ち尽くす俺を抱きしめる。
あの日、半年前と同じく何もできなかった俺を抱きしめる。
この半年間何をしていた?
何も成長していないじゃないか!
成長したのは自己防衛のための心構えぐらいのものだ。
結局俺はあの日と同じ場所で、同じように立っている。
何もできず、ただただそこに立ち尽くす。
唯一違うのは、俺の横に真姫がいるだけ。それだけが救いだ。もしも俺一人だったら耐えられない。俺は弱くなった。この半年で真姫が隣にいることに慣れてしまった。当然のものと思えてしまった。
一人であの過去に向き合っていた俺はもういない。
「戻ろう真姫。ここにいても意味がない。俺は正人も、彼の母親も守れなかった」
俺はそう言ってフラフラ歩き出す。真姫の手を引き、遅れて到着した現場処理班とすれ違いながら団地を抜ける。
団地の中を歩いていると、見知らぬ親子が目に映る。子供はまだ四歳くらいだろうか? 自分の母親の周りを元気に走り回っている。
彼女らはまるで何事も無かったかのように、キャッキャッと騒ぎながら進んでいく。
勿論彼女達からしたら何事もない。それは分かっている。彼女達というより、星の使徒に狙われた人と、それに関わった人以外からすれば何事もないのだ。まだ崩壊病は、世間を賑わすほどの脅威とはカウントされていない。
多くの一般人は、どうやって崩壊病で人が死んでいくのかを知らないだろう。
それは分かっている。分かっているけど、なんともやるせない。
今この場所で、人一人がひっそりと死んだのだ。それも星の使徒などという化け物によって……。そのすぐそばを子連れの母親が何事も無かったかのように歩く。
平和に歩く。平和なのは構わない。そのために俺たちは働いている。
だけどあまりにも自分達の置かれた状況から違いすぎて、眩暈がする。頭が痛い。
「暮人? もう着いたよ?」
真姫の声に意識を戻すと、もう車の目の前に立っていた。
相変わらずこうなると周りが見えなくなるんだなと、自嘲する。
「ごめん真姫。俺おかしかったよね?」
「そんなことない。私も同じ気持ちだから」
真姫はそう言ってくれた。彼女も俺と同じ思いなのだろう。
「なあ真姫。ちょっと寄り道したいんだけど良いか?」
「桐ヶ谷さん怒るよ?」
「別に構わないさ」
そう言って俺はアクセルを強く踏む。
走り出した車は制星教会ではなく、違う道へと進んでいく。後で怒られても構わない。本来は直帰して報告書を提出する決まりだが、今はそんな気分じゃない。
俺は真姫を隣に乗せ、グングンスピードを上げて、ひとけが無い道を進んでいく。道は狭くなり、左右には雑木林がうっそうと生い茂っている。
「ここだ」
「ここ?」
真姫は不思議そうに窓から外を見渡す。
「そう。ここからは歩きだ」
俺達は車から降りて、駐車場から伸びた細い道に入っていく。
その細い道の入り口には岬墓地と書かれていた。
「ええ!」
俺が待機室に戻ると、真姫はすでに準備を終えており、一緒になって部屋を出る。
いつもより長く感じるエレベーターで一階に降り、エントランスを抜けて駐車場へ。
真姫は、俺がどうしてここまで焦っているのかを理解しているようだった。おそらく待機室から崩星対策室に出た際、モニターに映る目的地を見たのだろう。
「急ぐぞ!」
俺たちは車に飛び乗り、アクセル全開でビルから出発する。
俺は急ぎながら、半年前の正人のポジションだなと一人思う。場所は団地、正人はその場所の意味を知っていて焦っていた。対して俺はその理由も分からずに、彼に急かされ走ってたっけ?
当時の俺には、正人がどうして焦っていたのか分からなかった。だが今回は、あの時の俺のポジションにそれを理解している真姫がいる。
それだけで心強く、なんでも出来るような気がした。
今回こそ間に合わせる!
あの日、正人は俺に母親を頼むと言って崩れていった。何もできなかった当時の俺は、ただただその場で混乱していた。あの場所で再び死者を出すわけにはいかない。あそこは正人の死地であり、生家だ。
朝の通勤ラッシュということもあり、道が混んでいてスムーズに進めない。俺はイライラしながら車線変更を繰り返し、団地へ急ぐ。
「降りるぞ!」
俺達は団地近くの道に車を停めて駆け出した。
もうそんなに遠くない。
走れば数分だ!
間に合え!
俺と真姫は拳銃を構えながら走る。
そして星の使徒がいる場所が分かった。
あの化け物は、またしてもあの場所に出現している。半年前のあの場所。正人が自身の母親を庇って死んだ場所。
「そこの団地の先、右に曲がったところ、歩道からすぐそばの団地の敷地内にいるぞ!」
そんな正人の声が脳裏にこだまする。
もうちょっと!
俺たちが目の前の団地の角を右に曲がると、そこにはアイツがいた。星の使徒。狙われた被害者は?
「暮人! あれ!」
隣で息を切らしていた真姫が声を上げる。
真姫の視線の先には正人の母親。
半年前からすればだいぶやつれているが、間違いなく彼女だ。
しかし何故か逃げようとしない。どうしてだ?
正人の母親は団地の建物の螺旋階段の下、星の使徒とは十メートル以上離れている。
「逃げてください!」
俺と真姫は銃弾を放ち、星の使徒の注意をこちらに向ける。
銃声に驚いた正人の母親は、そのやつれた顔をゆっくりと俺達に向ける。
「ああ、あの時の子ね……もう良いの。もうあの子のいない生活は耐えられない」
彼女はそう言って、あろうことか自分から星の使徒に向かって歩いていく。
俺たちはそれを見て発砲を止める。
万が一彼女に当たってしまっては意味がない。
「バカなことを言ってないで早く離れてください!」
「良いのよもう……もう良いの」
「正人から貴女を頼むと言われたんです! ですから早く離れてください!」
俺は再び拳銃を星の使徒に向ける。
こうなれば彼女に当たる可能性があったとしても撃つしかない!
しかし、もう遅かった。
「正人、正人、正人……ごめんね。私もついて行くから……」
正人の母親はどこか正気を失っていた。まるで壊れたラジオの様に正人の名前をひたすら繰り返しながら、星の使徒の触手に自ら触れた。
「クソ!!」
俺たちは弾丸が彼女に当たる可能性を無視して、発砲し続ける。しかし半年前のあの日のように、中々星の使徒は消滅しない!
しばらく打ち続けて、ようやく星の使徒が消えていく。その青白い体を揺らしながらうっすらと消えていく。
「大丈夫ですか!」
俺達は星の使徒が消え去ると同時に、正人の母親の元へ走りだす。
彼女は途中で片手を掲げて俺たちを制する。
「もう良いの。私はあの日死ぬはずだった。そのはずだった」
正人の母親はその体をボロボロこぼしながら、語りだす。ずっと胸に秘めていた気持ちを吐き出す。
「それなのに、正人が私を庇ってくれた。庇ってしまった。私の代わりにあの子が死んだ。そんなのってないじゃない? 母親を守るために子供が犠牲になる。そんなのってあんまりよ……とんだ親不孝者だわあの子」
彼女は狂ったように目を見開き、徐々に声が小さくなる。もう立っていられず、その場に倒れこみながらも、言葉を紡ぐ。
「それからの半年間、死んだように生きていた。だってもうあの子には会えない。あの日、崩れていくあの子の体を抱いていた感触が消えないの! 寝てもすぐにあの日の光景が蘇ってきて目覚める。徐々に粉になっていく我が子の顔なんて耐えられる? でも、そうね。もう良いの。私はもうすぐそっちに行く。もうじきちゃんと会えるわ……正人」
彼女はそれだけ言い残すと、そのまま何も言わなくなった。顔の崩壊が始まってしまった。
「……暮人」
真姫は、呆然と立ち尽くす俺を抱きしめる。
あの日、半年前と同じく何もできなかった俺を抱きしめる。
この半年間何をしていた?
何も成長していないじゃないか!
成長したのは自己防衛のための心構えぐらいのものだ。
結局俺はあの日と同じ場所で、同じように立っている。
何もできず、ただただそこに立ち尽くす。
唯一違うのは、俺の横に真姫がいるだけ。それだけが救いだ。もしも俺一人だったら耐えられない。俺は弱くなった。この半年で真姫が隣にいることに慣れてしまった。当然のものと思えてしまった。
一人であの過去に向き合っていた俺はもういない。
「戻ろう真姫。ここにいても意味がない。俺は正人も、彼の母親も守れなかった」
俺はそう言ってフラフラ歩き出す。真姫の手を引き、遅れて到着した現場処理班とすれ違いながら団地を抜ける。
団地の中を歩いていると、見知らぬ親子が目に映る。子供はまだ四歳くらいだろうか? 自分の母親の周りを元気に走り回っている。
彼女らはまるで何事も無かったかのように、キャッキャッと騒ぎながら進んでいく。
勿論彼女達からしたら何事もない。それは分かっている。彼女達というより、星の使徒に狙われた人と、それに関わった人以外からすれば何事もないのだ。まだ崩壊病は、世間を賑わすほどの脅威とはカウントされていない。
多くの一般人は、どうやって崩壊病で人が死んでいくのかを知らないだろう。
それは分かっている。分かっているけど、なんともやるせない。
今この場所で、人一人がひっそりと死んだのだ。それも星の使徒などという化け物によって……。そのすぐそばを子連れの母親が何事も無かったかのように歩く。
平和に歩く。平和なのは構わない。そのために俺たちは働いている。
だけどあまりにも自分達の置かれた状況から違いすぎて、眩暈がする。頭が痛い。
「暮人? もう着いたよ?」
真姫の声に意識を戻すと、もう車の目の前に立っていた。
相変わらずこうなると周りが見えなくなるんだなと、自嘲する。
「ごめん真姫。俺おかしかったよね?」
「そんなことない。私も同じ気持ちだから」
真姫はそう言ってくれた。彼女も俺と同じ思いなのだろう。
「なあ真姫。ちょっと寄り道したいんだけど良いか?」
「桐ヶ谷さん怒るよ?」
「別に構わないさ」
そう言って俺はアクセルを強く踏む。
走り出した車は制星教会ではなく、違う道へと進んでいく。後で怒られても構わない。本来は直帰して報告書を提出する決まりだが、今はそんな気分じゃない。
俺は真姫を隣に乗せ、グングンスピードを上げて、ひとけが無い道を進んでいく。道は狭くなり、左右には雑木林がうっそうと生い茂っている。
「ここだ」
「ここ?」
真姫は不思議そうに窓から外を見渡す。
「そう。ここからは歩きだ」
俺達は車から降りて、駐車場から伸びた細い道に入っていく。
その細い道の入り口には岬墓地と書かれていた。