ひまわり。ひまわり。ひまわり。ひまわりがいっぱい。
 あっちもこっちもひまわり。こんなに沢山のひまわりを僕は見た事が無かった。
 夏の太陽のようにひまわりが輝いていた。

「わぁ。すごい。ひまわりだぁ」

 おじいちゃんのいる田舎に遊びにきていた。
 そこで初めてみた一面のひまわりに圧倒されていた。
 ひまわりは好きだ。大きいから。
 さんさんと照らすように咲くひまわりは僕の心をぐっと引きつけていた。

「なんでこんなに沢山ひまわりを育てているの?」

 僕はひまわりを育てているらしい農家のおじさんに質問してみた。

「ま、本業はネギ農家で目的は連作障害を防ぐためなんだけど、まぁ難しい事は坊主にはわからんわな。簡単にいうとだな、ネギの収穫が終わった後に代わりにひまわりを育てると、そうすると地面に栄養が回復するんだよ」

 おじさんは笑いながら答えてくれたけど、何を言ってるのかはさっぱりわからなかった。
 とにかくネギを育てた後にひまわりを植えると栄養が回復するらしい。不思議だなぁ。

「なんにしてもひまわりの背は坊主より大きいから、入ってしまったら外が見えなくなるからな。中には入るなよ。あとちゃんと帽子かぶれよ」
「わかったー」

 おじさんは笑いながら告げていたけれど、僕は畑の中に入ってみたくてしょうがなかった。
 とりあえず麦わら帽子だけはしっかりとかぶって、それからおじさんの目を盗んでしれっと中へと向かっていく。
 ひまわり畑の中はすごく広くて、駆け回っても端まで届かなくて。綺麗で楽しくて、とにかく思い切り駆け回って。その結果。
 僕は完全に道に迷っていた。
 どっちからきたのかわからないし、そもそもここがどこかもわからない。
 ただ見えるのはひまわりだけだ。それ以外には何も見えない。

「どこだここは」

 迷った。完全に迷った。
 はてさて。どうしたものだろう。
 ただ困りはしていたのだけれど、あんまり心細くなったりはしなかった。あまりにもひまわりが綺麗だったからかもしれない。まぁもともと僕はあんまり細かい事を気にするタイプでもなかったから、何とかなるだろうと思っていた事もある。
 しかしそれでも帰り道がわからなくて困っていたのは確かだった。

「ま、いいか」

 基本的に根がお気楽な僕は大して気にもせずに、もうしばらく進んでみることにした。
 いくらここがひまわりだらけだと言っても、そのうちまっすぐ進んでいけばひまわりも終わるだろう。
 そうしたらその周りをぐるっと回っていけば、いつかは元の場所に戻れるはずだ。
 子供の足で歩くには少々広い畑だったけれど、あんまり考えずに僕はとにかくまっすぐに進んでいた。
 楽天的な僕は適当な歌を歌いながら、とにかく前へ前へと歩く。思っていたよりもずっと広いひまわり畑は、なかなか終わりを見せなかったけれど、それでもとにかく前へと進んでいた。
 しばらく進んでいくと奥の方に女の子が一人、たたずんでいるのが見えた。
 僕よりも少し年下だろうか。二つくらい年下かもしれない。僕がいま八歳だから、たぶんこの子は六歳くらいだろう。一年生か、もしかしたらまだ幼稚園児かもしれない。
 何やら途方に暮れた様子で座り込んでいる。
 ただその様子はどこか(はかな)げにも見えて、可愛らしい彼女はまるで天使のようにも思えた。

「どうしたの?」

 僕は思わず彼女に話しかけていた。

「迷っちゃった……」

 天使のような見た目の儚げで可愛らしい女の子は涙目でそう訴えてきていた。
 見ると背負っているリュックサックに漢字で『三月有子』と書かれていた。この子の名前だろうか。

「さんがつありこちゃん?」

 とりあえず名前を呼んでみる。

「違うもん。みつきゆうこだもん」

 返ってきた反応は否定の言葉だった。とりあえず天使にも言葉はちゃんと通じるらしい。

「そうなんだ。ありこだと思った」

 有はこの間習ったばかりの漢字で、まだ読み方もちゃんとは覚えてない。そういえばゆうって読み方も書いてあったっけ。

「まぁ、いいじゃない。ありこもかわいいよ」
「違うもん。ゆうこだもん」
「それはそれとして。ありこは迷子なの?」
「違うもん違うもん。ゆうこって呼んでよぅ」

 何度も否定してくるありこが可愛くて、思わず僕は意地悪に続けてしまう。

「ありこはこの村の子? 僕は街の方から遊びにきたんだよ」
「うん。この村に住んでいるの。そしてだから違うよ。ゆうこだよ。ゆうこって呼んでよぅ」
「はいはい。ゆうこね」

 僕は仕方なく呼びなおすと、それからありこへと手をさし伸ばす。

「たてる? ここにいたって仕方ないし。僕と一緒に行こうよ」
「う、うん。わかった」

 僕の手を素直にとって、それからありこは立ち上がる。

「頼りにしてよ。ちゃんとおうちに帰してあげるから。ま、ちなみに僕も迷子だから道はわからないんだけどね」
「……ぜんぜん頼りにならない」
「ま、なんとかなるって。さ、いこうよ、ありこ」
「だから違うもん。ゆうこだもん。ゆうこって呼んでよぅ」

 ありこは僕の後ろを歩きながら、抗議の声を上げていた。
 その様子がとにかく可愛くて。だからもっと聴きたいとそう願った。
 ありこは僕が来たからか、最初よりは少しだけ表情が和らいでいた。ただそれでも不安は隠せないようで、どこかうつむいて沈み込んだ顔のままだった。