「希空〜! またお昼ね! 保健室で待っててよ〜」

「わかった。前みたいに急ぎすぎて転ばないでよ」

「へへへ、気をつけます!」

 私に背を向け、2年3組の教室へと向かっていく彼女。背中の半分くらいまで伸びた真っ黒な綺麗な髪の毛が、振り子のように左右に大きく揺れる。

 それに比べ、私の髪の毛は...病気を発症したのをきっかけに徐々に色が抜け始めた。

 今では、完全に真っ白な髪の毛へと変化してしまった。未來には、「綺麗な色」と言われたが、私的にはみんなと同じ黒に染まった髪の毛がいい。

 何度か嫌になって、髪を染めてはみたが、すぐさま根本から白くなってしまうので、今ではもう諦めてしまった。

 太陽の光を浴びていないせいか、髪だけではなく肌も真っ白すぎて鏡に映る自分を見ると、少しだけゾワッとしてしまう。

 中学校時代の友人が今の私を見たら、きっと私だと認知する人は片手で収まるくらいだろう。

 昇降口で未來と別れ、私はもう一度外へと戻る。これから、保健室に行くのだが、さすがに校舎内で傘をさすのはまずいので、普段から私は保健室に外から入室している。

 学校内だからといって、太陽の光が差し込んでいない場所はそうそうない。むしろ、光が入らないように設計されている学校の方が珍しいだろう。

 そんな学校が存在するとは思えないが。

 本来なら、カーテンが開かれているはずの保健室。閉め切られているのは、もちろん私のため。

 "コンコン"

 保健室のガラスをノックすると、普段からお世話になっている朱美(あけみ)先生が顔を出す。

「あら、今日はいつもよりちょっと早いわね」

「あーちゃん、おはよう」

「おはよ、希空。まだあーちゃんって呼ばれるのは慣れないわね」

「えー、そろそろ慣れてよ。もう半年くらいになるんだから」

「はいはい。慣れるようにする。それと、他の生徒の前では『朱美先生』だからね!」

「はいはーい」

「こら、『はい』は1回でしょ!」

「あーちゃんだって、『はいはい』って言ってたよ〜」

「あっ・・・そ、そんなことはいいから早く入りな!」

 靴を脱いで、片手に靴を持ちながら入室する。当然、日傘はまだ開いたまま。

 私が保健室に入ったのを確認すると、すぐさまカーテンを閉めて日光を遮断するあーちゃん。

「あーちゃん、ありがとう」

「いつものことでしょ」

「つめたーい」

「ここにいる時だけ、希空は我儘になるから、このくらいがちょうどいいわ」

「それは言えてるな」

 私は、あーちゃんには両親や未來とは違った意味で心を開ききっている。

 いつからこんな関係になったのかまでは、覚えてはいないが、あーちゃんと過ごす時間は意外と楽だったりする。

 なんでもズバズバ言っても、あーちゃんは受け止めてくれる優しいお姉さんだから。

 私が病気だとわかった時も、ただ黙って話を聞いてくれたのが懐かしい。

 歳が9歳しか違わないのも、私が話しやすい理由のひとつだろう。

 26歳という若さに加え、整った容姿のおかげでここを訪れる男性生徒は絶えない。

 中には、わざとあーちゃんに治療してもらうために怪我をする人もいるのだとか。

 本当に男子は、いつまで経っても少年なんだなと思ってしまう。

「あ、そうだ。私、今日朝用事あるから、ちょっといないけど大丈夫?」

「大丈夫だよ。いってらっしゃーい」

「ずいぶん軽いな。ま、誰か来たら適当に案内でもしといて。じゃ、よろしく〜」

 ひらひら舞う白衣を靡かせながら、保健室を出ていくあーちゃん。

 私のことを散々言っていたが、彼女もかなり適当なのは否めない。

 薬品の匂いが、ほのかに保健室内を満たしている。病院ほどではないが、時々鼻を掠める薬の匂いが、心地悪い。

 1人残された静かな教室で、私はあーちゃんが戻ってくるのをただ待っていた。