1時間半の時間をかけてようやく、2人の思い出の場所だったコスモス畑へと到着した。

 車から降りた瞬間に香るほど、駐車場にまでコスモスの花の匂いが充満している。

 少しだけひんやりとする風が、私の髪の毛をふんわりと揺らす。

「あなたも一緒に行く?」

「うーん、僕はいいや。車の中で待っているよ」

「どうして?」

「泣いちゃって帰り、運転するのが大変になりそうだから・・・」

「わかったわ。私がさよならをしてくるわね」

「あぁ、僕の分もよろしく頼むよ」

 既に夫が泣きそうな表情だったのは、私だけの秘密にしておこう。

 駐車場から入場口に近づくにつれ、花の甘い香りが濃く強くなっていく。

 入場口で200円お金を払い、園内に足を踏み入れる。

 パーッと一面を彩るコスモスに言葉が出ない。一直線に伸びている遊歩道の脇に綺麗に並び咲いているコスモスたち。

 前に一度だけ来た時の記憶が、ぼんやりと思い出される。

 あの時は、まだ希空が小さかったから景色よりも希空に目がいってしまったが、今改めて見ると圧巻すぎる景色だ。

 ここが2人の思い出の場所に選ばれるのも無理はない。それほど、美しく純粋な美を感じられる。

「綺麗ね・・・2人の思い出の場所にぴったりね」

 時間をかけて、一歩一歩着実に丘の上を目指して歩いていく。

 私がここに来た理由は、丘の上にあるのだから。

 でも、そこまではこの美しいコスモスたちの感傷に浸らせてほしい。2人が愛したこのコスモスたちを。

 風が吹き一面に咲いているピンクのコスモスが、左右に風に靡くように揺さぶられる。

 何枚か本体から千切れ、風と共に大空へと旅立っていくピンクの花びら。

 落ちることなくどこまでもどこまでも、風に乗せられて飛んでゆく。

「あそこかしら・・・」

 目の前に広がったのは、黒いコスモスだけで形成された丘。その奥には、広大な青い海が広がっている。

 崖の下から吹き上がってくる潮風が、私の髪をパサつかせる。

 潮の香りとコスモスの香りが混じり合い、両者引けを取らない。若干コスモスが有利気味。

「約束を果たす時が来たわね。太陽くん、希空。2人は今どこにいるの?2人で私のことを眺めていたりするのかしら。私が今日ここに来たのは、太陽くんの頼みなの。最後に太陽くんに会ったとき言われたの。『もし、僕が秋まで生きることができなかったら、その時は僕の遺骨とこの花をコスモス畑の崖から海へ投げてください』ってね。太陽くんが希空のためにしたように、彼も希空と同じ場所で、旅立ちたかったんだろうね」

 私の手には、彼のお父さんから譲り受けた太陽くんの遺骨と、黒いコスモスの花束が握られている。

 彼の砕かれた遺骨が入った、筒状のキーホルダーのキャップを開けて、逆さまに風に乗せるように、宙へと放つ。

 白い澱みのない粉が、青い地平線の先を目指し、大空へと飛んでいく。

 風に揺られ、一直線にどこかを目指して。

 ポロッとこぼれ落ちた涙も気がつけば、彼と共に大空に流れていってしまった。

「太陽くん、この花に込められた想いが太陽くんの想いなんだよね?」

 『そうです!』とどこからか聞こえた気がした。気のせいだろうが、もしかしたら2人はここにいるのかも...

「黒いコスモスの花言葉は・・・『恋の終わり』『恋の思い出』そして、『移り変わらぬ気持ち』・・・どれも太陽くんが、希空に伝えたかったもの。だから、君はこの黒いコスモスが一面に咲いている場所を思い出の地として、別れの地として選んだのよね。本当にぴったりの場所よ。希空が旅立っても尚、希空のことを思い続けるなんて君しかできないよ。ねぇ、太陽くん。最後にこれだけ言わせてね」

 風がピタリと止み、辺りが静けさに包まれる。

「希空を愛してくれてありがとう。また2人に出会える日を楽しみにしているわ!」

 海に向かって、両手でコスモスの花束を投げ入れる。また会える日を心の内で願いながら...

 踵を返す彼女の背中を温かく照らす太陽の光が、今日は一段と眩しくキラキラと輝いていた。

 『ここに僕らはいるよ!』と告げているかのように、いつまでも弱まることなく地上に光を届けていた。