雲が吐き出す息のように、雪混じりの風が僕を包むように流れる。

「希空、お待たせ」

 ちぎれた雲が空から落ちているような柔らかな雪。夏の虫たちが夏の空を覆い尽くすみたいに粉雪が舞い狂う。

 首にぶら下がっている、希空からもらったコスモスのネックレスが小さく首元で揺れる。

 震える手を握り締め、ポケットから例のペンダントを取り出す。

「ねぇ、希空。これって希空の遺骨を砕いたものだよね?前に僕が話してた僕が死んだら、空に飛ばして欲しいってやつだよね。僕の願いが希空のものになっちゃったね」

 希空の砕かれた遺骨を指先で優しく撫でる。

 遺骨が入っている透明の筒状のキャップを外す。逆さまににしてしまえば、すぐにでも希空の遺骨は空へと飛んでいってしまうだろう。

 そのくらい今の希空はこんなにも小さく儚い。

「もうすぐお別れだ。実は、僕からも希空にプレゼントがあるんだ」

 リュックの中から花束を取り出す。全てが黒で埋め尽くされた花束。

「これはね、僕が好きな黒色のコスモスだよ。最後に君にあげるのがやっぱりふさわしいと思って、ここにくる途中に買ってきたんだ。季節的には、取り扱っていない花屋さんも多いけど、コスモス畑が近いだけあってこの近くの花屋さんは売っていたんだ。だから、つい買っちゃったよ」

 花束を綺麗に包んでいる包紙を取り外し、リュックの中へとしまう。

 片手にコスモスの花束、もう片方に希空の遺骨。準備は整った。

 希空の夢の続きを果たす瞬間が...そして、僕が希空に別れを告げる時が。

 丘のギリギリまで立ち、下には荒れる海が見える。波が岩を打ち付け、凄まじい音が僕の耳にまで届く。

 透明の筒の中の遺骨を雪降る空へと解放する。空から降る雪と同化しながら、どこかへと飛んで行ってしまった希空。

 一瞬キラキラと光って見えた気がしたが、あれは希空が僕に見せてくれた最後の彼女の命だったのだろうか。

「これで、よかったんだよね。どうだい?夢が叶った感想は・・・」

 荒れ狂う海へと、僕らを繋いでくれたコスモスを投げ入れる。何枚かの花びらが散りながら、ひらひらと海へと落ちてゆく。

「希空・・・またこの場所で会おうね」

 僕の体を濡らしていた雪が止み、空を覆い尽くしていた雲が二手に割れた。

 分厚い灰色の雲の隙間から地上へと差し込んでくる神々しい光が、僕と希空の別れ、そして新たな僕らの出会いを祝福しているかのように見えた。

 それは、とても美しい眺めだった。