「希空〜、学校行くよ!」

「うん、今行く」

 病気が発覚してからも私は、学校には通い続けた。両親からは無理をしなくてもいいと言われたが、学校に行かないと、することもないので退屈。

 それに、なんか日常が崩れてしまったようで、気持ちが悪い。

 万全の対策をしないといけないが、余生もできることなら普通の人と同じように生きたい。

 例え、未来に絶望している少女でさえ、同級生たちと同じようにこの世を去るまでは普通に生きたいのだ。

 私が日光乾皮症と知っているのは、先生たちや幼馴染で親友の未來だけ。

 他にも仲の良い友達もいるけれど、その子たちの負担にはなりたくないので詳しいことは話してはいない。

 『紫外線を受けると体調を崩す』くらいには話したっけ?

 ま、そんなざっくりした感じの内容くらいしか話していない。

「ちょっと車のエンジンかけてくるから、支度済ませといてね」

「はーい」

 携帯のアプリでとある人物にメッセージを送る。携帯を前にして待機していたのか、送った瞬間に既読がつき、若干引いてしまう。

 その辺りも含めて好きなのだが。私のことを大切にしてくれているのが、彼女なりに伝わってくるから。

「希空、行くよ〜!」

「今出る〜」

 玄関に置かれている傘立てから日常的に使っている日傘を手に取る。

 玄関から車に向かう途中でも、太陽の光は私のことを見逃してはくれない。常に細心の注意を払いながら生活しないといけないのは、かなり神経がすり減る。

 たった3歩ほどで着く距離なのに、日傘をささないといけないもどかしさ。時間にして1秒にも満たないのに...

 ゆっくりと日傘を開いて、太陽の光を完全に遮断する。既に開かれている車の後部座席に乗り込む。

 その間にも光は私を照らすので、母に日傘を持ってもらい避けながら座席に座る。

 この体になってから私が1人でできることは格段に減った。それが、何よりも申し訳ない。

 特に両親と未來には多大なる迷惑をかけているのに、誰1人として嫌な顔をしないのが、私には辛い。

 少しくらい嫌な顔をされた方が、まだ頼りやすいのに。

 みんなして私のことを1番に考えてくれているんだ。それなのに、私はみんなに何もしてあげることができない。

「ちょっと〜! なに、辛気臭い顔してんの?」

「未來・・・」

「おばさん、おはよう!」

「おはよう未來ちゃん。今日も希空のことよろしくね」

「もっちろんですよ! この世で1番大好きな親友のためならなんだってします!」

「頼もしいわね」

 私が病気を発症してからというもの、未來も登下校の際、母の運転する車に乗るようになった。もちろん、私のために。

 走り出す車の後部座席に2人並んで座り、移りゆく景色を眺めながら学校へと向かう。

 どこまでも続く変わらぬ空を眺めながら、車は学校へと進んでいく。

 空は変わることはないのに、近くに見える家々やお店が変わっていくのは不思議。

 空だって止まっているわけではないのに、止まって見えてしまう。まるで、1年前に忘れてきた私の正の感情のように止まっているみたい。

 時折、私たちと同じ制服を着た子たちが、自転車で通学をしているのを見ると、つい目を逸らしてしまいたくなる。

 去年までは、私も未來と自転車で通学していた頃を何度も思い出してしまうから。

「あ、そうだ! こっそり先生から聞いたんだけど今日ね、うちのクラスに転校生来るらしいよ」

「え、この時期に?」

「そうそう、この時期に」

「もう7月だよ?」

「んね。なんでこの時期なんだろうね。何か事情でもあるのかもね」

「ま、私には関係ないよ。保健室登校だからね」

「わかんないよ〜? 保健室でばったり・・・なんて展開が待っているかもよ?」

「そんな上手い話があるかな」

 賑やかになる車内。ルームミラー越しに母の笑った瞳が一瞬だけ映る。

 この時は、まだこの話が本当のことになるとは、ここにいる誰もが予想していなかった。

 彼との出会いが、私の人生を大きく変えるということも...