何も考えられない。ただ時間だけは無情にも、僕を取り残して流れていく。

 この世から希空がいなくなってしまった現実に、頭が追いついていかない。

 何かが抜け落ちてしまった僕は、抜け殻のようにベッドの上から動けずにいた。

「太陽くん。希空ちゃんがさっきここに運ばれてきた。もうここに到着した時点で・・・」

「先生! 希空に・・・希空に合わせてください!!!」

 最後に君の顔を見たかった。数ヶ月見ることができなかった君の顔を。

 これほど、自分を憎んだことは人生でなかったかもしれない。

 恥ずかしくて顔を合わせることが、できなかった自分を酷く殺してしまいたいほどに憎んだ。

 太ももの上で作った握り拳を自分へと振りかざそうとする。でも、寸前のところでやめた。

 殴ったところで、希空は帰ってはこない。痛みで誤魔化したところで、希空がいなくなった現実は覆らない。

 「それはできないよ。希空ちゃんの家族の方はもう、希空ちゃんとは対面したんだ。もちろん、君にも対面できる権利はある。ただ・・・」

「僕にも合わせてくださいよ! お願いだよ、先生!!」

 手のひらに爪が食い込み、手のひらから垂れる赤い血が、純白なベッドを染める。

「君は会わない方がいい・・・」

「ど、どうしてだよ!火葬される前に希空の顔を見たって・・・」

「希空ちゃんは遥か上空から落ちてきた鉄骨に・・・潰されたんだよ。足、胴体、そして顔の大半部分を潰されたんだ・・・どういう意味かわかるだろ?君だって、もう子供じゃない。頼むわかってくれ・・・」

 ようやくわかった。先生が僕を制止する理由が...希空の体や顔は、もう原型を留めてすらいないのだと。

 僕の大好きだった彼女の笑顔だけでなく、顔すらも見ることができないんだ。

「僕が・・・僕が恥ずかしがらずに、希空と顔を合わせて・・・話せて、いたら・・・あぁぁぁぁ!」

 後悔ばかりが、頬を伝う涙と共にボロボロと自分の中から落ちさってゆく。

 いつだって、希空は僕と向き合おうとしてくれた。数ヶ月にも渡って...でも、それを僕は拒んだ。

 誰かから言われたわけでもなく、自分の意志で。

「自分ばかりを責める必要はないよ。これは事故だった・・・仕方が・・・なかったんだ。もし、どうしても君が希空ちゃんに会いたいのなら、僕は止めない。しっかり現実を受け止めてきなさい」

 先生の眼鏡に付着した数滴の滴。隠しきれていない涙が露になる。

「先生、僕は・・・僕は最後に希空に別れを告げたいです・・・お願いします。僕を連れていってください」

 僕を匿っているカーテンを開いて、先生と対面する。きっと先生の目に写っている自分の姿は、自分と同い年、いやそれ以上にも見えるかもしれない。

 それでも、僕はもう迷わない。重い足を床につけ、立ち上がる。フワッと香るコスモスの匂いがした。

 気のせいかもしれないが、僕の背中をそっと優しく押してくれる手の感覚が背中を伝った。