「遅いな〜。希空が遅刻するなんて1度もなかったのにどうしたんだろう」

 今日も希空が来てくれるので、約束の時間の1時間前から前もって病室のカーテンを全て閉めておいた。

 少しでも光が当たってしまって、希空と過ごす時間が短くなるのだけは絶対に嫌だから、入念に何分もかけて確認はした。

 先ほどからなぜか病院内が騒がしい気もするが、きっとクリスマスだから患者たちも興奮が収まらないのだろう。

 年に1度のメインイベントなのだから、はしゃいでしまうのも無理はない。

 そこに年齢は一切関係ない。何歳でも各々楽しめてこそのイベントなのだから。

 入院している間に遊べる携帯ゲームは、ほとんどやり尽くしてしまった。

 最初こそは、入院生活も楽しめてはいたが、月日が経つごとにしんどさが増していった。

 何をするにしても1人。常に孤独との闘い。誰かが病室に遊びに来ても、せいぜい滞在するのは数十分程度。

 それも今では、めっきりと減ってしまった。この病室に出入りするのは、最近だと家族と希空ぐらいしかいない。

 家族も前に比べると、話すだけ話してあっさりと帰ってしまうことも増えた。

 でも、希空だけは違う。毎日毎日、顔を見ることができないのに、面会終了時間まで僕と会話をしてくれる。

 今日あった出来事。面白かったこと。悲しかったこと。全て僕が退屈しないようにと。
 
 実際僕は、彼女に甘えていた。顔を見られたくないという羞恥心を盾に、彼女から逃げていた。

 怖かった。でもそれ以上に離れていってしまうのではないかという気持ちの方が遥かに大きかったんだ。

 そんな情けない僕は、今日で絶対に卒業する。希空に引かれてもいい。今の自分を曝け出すと決めたのだから。

「希空、どうしたんだろう」

 約束の時間から1時間経過しても希空が訪れる気配がない。メッセージも送信したが、既読すらつかない。

「もう一回メッセージでも送っておこう」

 『何かあった?心配だから、返信してほしい』と端的に送る。

「たまにはドラマでも見ようかな。気分転換にちょうどいいし」

 病室に備わっているテレビの電源を入れる。テレビをつけると、ドラマが流れ出す。恋愛ものだろうか。男女のカップルが夜の公園で抱き合っているシーンらしい。

「いいな。僕も希空に会いたくなってきた」

 いまいち中盤からでは理解がしにくいので、電源を切ろうと思った矢先。

 ドラマが流れている画面の上部に緊急速報が流れ出る。

「なんだ。地震速報か?」

 流れていく言葉たちを一文字も見逃すことなく、画面に見入る。

「は?」

 この近くに建設予定の大型商業施設建設中に鉄骨が落下し、複数の怪我人が出ているとの速報だった。

 確か、希空と映画を観に行った時に通った場所。

「こんな近くでそんな事故なんて・・・」

 地元のニュースに急いで番組を切り替え、キャスターが話す言葉を逃さないように耳をたてる。

『本日、午後12時23分に建設予定だった建物から鉄骨が落下し、下を歩いていた歩行者数名が巻き込まれました。死者1名。意識不明の重体3名。重症1名。軽症6名と大人数の方が事故に遭いました』

「え、多すぎないか。それに死者1名って。これ大問題だぞ」

『えー、速報です。ただいま、落下事故によって亡くなられた方の身元が判明しました。繰り返します・・・』

「気の毒すぎるな・・・未来だってあっただろうに、こんな形で人生に幕を下ろすなんて・・・」

 慌ただしくキャスターが動いているのが、テレビ越しでも伝わってくる。

『亡くなられた方は、この地域の高校に通う高校2年生の蒼井希空(あおいのあ)さんだと判明しました。もう1度繰り返します・・・』 

 一気に体温が低下していく。呼吸も乱れ、うまく息が吸えない。

「の・・・あ?い、いや、絶対聞き間違いに決まってる」

 そんなはずはない。希空が事故で死ぬ...なんて。

 もう1度ニュースを聞いたが、結果は変わらなかった。確かにアナウンサーは希空の名前をはっきりと呼んでいた。

「で、でもまだ真実だと決まったわけじゃ・・・」

 嘘だと思いたかった。嘘であってほしかった。こんな偽りだらけの現実世界から逃げ出してしまいたかった。

「太陽くん! 希空ちゃんが!!!」

「立花先生・・・」

 僕はわかってしまった。先生の様子が普段とは明らかに落ち着きがないこと。そして、先生が涙を浮かべていたことが真実なのだと悟ってしまった。

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 嘘だぁぁぁ!!! 嘘だぁぁぁ!!!」

1人の男の子の断末魔の苦しみのような掠れた声が、何もない無情な真っ白い部屋の中に木霊した。