『明日も来るね』と太陽に告げ、病室をあとにしたのが、数十分前。

 お土産に持って行ったケーキは、彼の病室のテーブルの上に置いてきた。

 ケーキを食べて少しでも元気を出してくれればいいのだが...

 今、私がいる場所は、彼とコンビニで出会って2人で歩いた夜の道。

 あの日の記憶が前に足が進むたびに脳裏をよぎる。まだ本心で話をしていなかったあの頃の懐かしさが込み上げてくる。

「懐かしいな。まだ2ヶ月しか経ってないけど・・・」

 時間にして2ヶ月しか経っていないが、彼と過ごした時間はその何倍にも感じられた。

 そのくらい私の最近の記憶は、彼で埋め尽くされているのだと実感する

 彼がいない生活をしていた頃が、よく思い出せない。

 『恋をすると人は変わる』と世間一般で言われているが、実際に恋をしてみてわかった。

 この言葉は事実なのだと...

 何もかもを諦めていたはずの日々を過ごしていた私が、また明日...明後日を夢見て生きている。

 これも全て太陽と出会ったおかげなのだろう。

「太陽・・・」

 太陽のことを考えれば、考えるほど私の胸をきつく締め付ける。たった一夜にして20歳近く歳をとってしまうことがどれほどの恐怖なのか、私には分かり得ない。

 世界中を探してもそんな人に出会える確率なんて、宝くじを当てる確率や雷に当たる確率よりも遥かに低いだろう。

 どんなに彼のことを想っていても、考えていても彼の苦しみを完全に理解することだけはできない。

 でも、私にもできることはある。

 彼の側で、彼を支え続けること。彼を独りにしないこと。そして、彼を笑わせること。

 車が私の横を通過していく。微量の風が私の髪の毛をふわりと浮かせる。

 うっすらと香る薬品の匂いと、私の家の柔軟剤が混ざった匂い。

"ピコン" 

 誰かからメッセージの通知が鳴る。ポケットから携帯を取り出し、画面を傾ける。

 『メッセージが一件』とだけ表示される簡易的な文字。

 メッセージを開く。トークルームの上部に書かれていた名前は太陽のもの。

『今日は来てくれてありがとう。少しだけ気が楽になったよ。傷つけてごめんね。僕には希空しかいないってことを忘れていた。でも、それくらい大事な存在だからこそ、今の自分を見られたくない。希空には、僕が元気で太陽みたいだった時の僕を覚えていてほしいんだ。今の僕に上書きされるんじゃなくて、17歳だった頃の僕を』

 縦に6行で綴られている文字たち。彼の思いが詰まりに詰まった、彼の本音。

「今も太陽は、私と同じ17歳だよ・・・」

 口に出した文章をメッセージにして送ろうと思ったが、打ち込んで消した。

 彼がどんな想いでこの文章を私に送ってきたのか、私には理解できない。

 ただ彼がそれを望んでいるのなら、私は彼の意見を尊重しようと思う。

 それが、私たちの明日を彩ってくれるための架け橋になるはずだから。