30分近く歩いて、昨日私たちが搬送された病院へと到着した。

 途中に美味しそうなケーキ屋さんを見つけたので、お土産がてら2つ購入した。
 
 ちなみに中身は、どちらも私の好物であるショートケーキとモンブラン。

 保冷剤も2個ほど入れてもらったが、暑さが少々心配。

 九月になったとはいえ、気温はまだ全然20後半あるのが当たり前。

 汗が首筋を伝って背中へと流れる。病院内の冷房で歩って、熱った体がひんやりと冷やされる。

 気持ちいいが、拭けるところは汗を拭かないと風邪をひいてしまう。

 肩にぶら下げてきたポシェットからハンカチを取り出し、首筋の汗を拭う。

 日曜日の病院内は多くの人で埋め尽くされていた。
 
 風邪を引いたのだろうか。マスクを口につけ、咳き込んでいる人や腕に包帯を巻いている人など様々。

 大きな病院だけあって、患者の症状は多岐にわたる模様。

 受付に向かい、彼の病室を尋ねる。もしかしたら、昨日の今日で病室を移動になっている可能性もなくはない。

「あの」

「はい、どうしましたか?」

 20代後半くらいの若いお姉さん。疲れているのだろうか、目の奥が笑っていないように見える。

 病院内はいつでも忙しいと聞く。多分、お姉さんも激務のあまりきちんとした睡眠時間を取れていないのだと思うと、胸がギュッと締め付けられる。

 私が見つめていたのを不思議に思ったのか、首を傾げるお姉さん。

「あ、夜瀬太陽の病室を教えてほしいんですけど・・・」

「夜瀬・・・あぁ。ちなみにどういったご関係で?」

「か、彼女です!」

 お姉さんの顔色が曇り始める。これは、間違いなく物事がうまくいかない予感。

「ごめんね、親族以外は面会できないの」

「そ、そんな・・・どうしてもダメですか。数分でもいいので、お願いします!」
 
 頭を下げて大きな声を出す私に、待合室にいる人たちは何事かと目を見張っている。

 どこからともなく突き刺さる数々の視線。でも、今はそんなの気にしてなんていられない。

 どうしても太陽に会って話がしたいから。

「そう言われても・・・とりあえず、頭を上げてください。私も通してあげたい気持ちは山々なんだけれど、仕事の都合上は・・・」

「いいよ。希空ちゃんなら」

 私の背後から低く掠れた声が聞こえる。この1年間数週間に一回のペースの検診でお世話になっている先生が、後ろに佇んでいた。

 相変わらず病院の先生らしくない容姿。彼の隣を通り過ぎていく患者の目に、ハートが宿ってしまうことなんて日常茶飯事。

 30代...いや、20代後半にも見える容姿なのに、実年齢は40前半なのが衝撃的。

 新手の詐欺と言われても仕方がないだろう。

 初めて年齢を聞いたときは、思わず怪しいと疑ってしまったくらい。その後、しっかり免許証で年齢は確認したけれども、1ヶ月間は信じられなかったの思い出す。

立花(たちばな)先生・・・」

「久しぶりだね希空ちゃん。元気かい?」

「はい。元気です。先生も元気ですか?」

「そうでもないね。仕事に追われてくたくただよ」

 見た感じ彼の言っていることは本当だろう。羽織っている白衣が、シワになってしまっている。
  
 たぶん、家に帰れなくて仮眠室のソファーにでも寝ていたのだろう。  

 前もそんなことがあったと自分で話していたから。

「先生! いいんですか?」

 受付のお姉さんが、先生に問いかける。さすがに、仕事上のことは私にはよくわからないが、いいことではないことくらいはわかる。

「いいんだよ。希空ちゃんは、彼と対の病気を患っているから。この子らにしか分かち合えない何かがあるかもしれない。それが、結果的に太陽くんの病気の進行を遅らせるなんてこともあるかもしれないからね」

「あ、この子がそうだったんですね。可愛いです。まるで、ガラスのシンデレラみたい」

「ガラスのシンデレラ。いい響きだ。良かったね、希空ちゃん。シンデレラだって」

「先生、それ私のこと揶揄ってますよね?私にはわかりますよ。あんまり馬鹿にすると、先生の秘密・・・」

「あー!ごめんごめん。さ、太陽くんの病室に向かおうか!」

 しわっしわの白衣をはためかせ、私の前を歩いていく先生。不意に後ろを振り返った先生の顔は、どこか悲しげだった。